2009年07月03日

天元突破グレンラガン考・11 結

 絶望の宇宙に魂のドリルで穴を空け、希望の未来を切り開く。
 世界を形作っていたパラダイムは大きく転換し、正反対のものへ姿を変える。
 目に見える無数の光。かつてそれらは全てが敵だったのだ。



 「天元突破グレンラガン」は、その想像を絶する闘いの果てに、新しい未来を切り開いた。高度に進化した螺旋生命体であったアンチスパイラルが、その高い知性と深い洞察力で築き上げてしまった分厚い絶望の壁を打ち崩した。
 スパイラルメネシス。それはまた、ひとつの未来の形であったろう。しかしそれに否と言い徹底的に排除しようとしたアンチスパイラルと、それを更に二重否定した形で別の未来へと分岐させたシモンと大グレン団。長く苦しい弾圧の時代ではあったが、敵であったアンチスパイラルの自己否定があったからこそ、螺旋生命は明るい未来を見出すことが出来たのかも知れない。


 単純に言うならば。「グレンラガン」は否定と絶望のシャドウは、それがどんなに巨大に見えても、自らの意志と熱意でいくらでも変革出来る…そんなことを謳った物語だったのかも知れない。熱意とは心の衝動であり、自己実現への道だろう。
 種まき人カミナは常に上を指さしていた。螺旋の男シモンは屈することなく前に進もうとした。彼等の姿を通じて、私達にも蒔かれた種があったかもしれない。「お前が選んだ道が俺の居る場所だ!自分を信じろ!!」と、私達が植え付けられた【種】が叫んでいるのかもしれない。




 ……とまあ、普段の私ならこんな風にまとめたろう。
 でもなんか、違うんだな。そんな風に思うのだ。

 足りない。
 この解釈では全然、なにかが足りない。







 なんと言えばいいのだろう。それは一言で言えば

 【気持ちよさ】

 そう。「天元突破グレンラガン」は、徹底的に【気持ちいい作品】だったと思うのだ。








 第一部8話、第二部7話、第三部6話、第四部5話。少しずつテンポアップし、その度にテンションの上がる構成。それぞれの最終決戦でくりひろげられる怒濤のような戦闘と劇的な勝利。登場人物の切るタンカの七五調の心地よさ。絶望と抑圧の先にあふれる光…
 それらすべてが「突き抜けていく快感」をもたらしてくれる。

 誰が言ったのだろう、「ドリルは男のロマンである」と。
 掘り進む!突き抜ける!それこそがドリルのドリルたる所以だろう。ドリルは「道のない壁や地面に道を造り出す」ことが最大の使命であり、出来るならその切り開いた道が、未知の空間に続いて欲しい。あ、抜けた…そんな瞬間が訪れたときに身を貫く開放感。
 グレンラガンの【気持ちよさ】には、そんな感覚がある。




 …私は「天元突破グレンラガン」を見ていて、何度か涙を流した。胸の奥から湧き上がる熱い感動。なにかが揺さぶられ突き上げて目から溢れるような感じ。こんなWebの片隅で、ご縁のある奇特な方達以外は誰が読むとも知れないというのに、長々と独りよがりの考察を書き続ける(笑)というこの熱意の源はなんなんだろう?
 それは「グレンラガン」を見ながら、『最高に気持ちいいぜ!』と感じているなにかが私の胸の奥にあったからに相違ない、と思う。じゃあそれはなんだったんだ、と思ったとき、私の脳裏に浮かんだ言葉があった。




 それが【魂】なんじゃないのか?




 魂ってどこにあるの?と聞いたとき、大抵の人間は胸を指さすのではないだろうか。寝ているときも覚めているときも、生きている限り止むことのない鼓動。確かにそこは、魂の座として相応しい場所ではあるだろう。


しかし魂って、そんな小さな所に収まってるものなの?
自分の魂は、こんな枠を破って広がりたいんじゃないのか?




 …とは言っても、それは死とイコールではない。もしも肉体を出ることが魂にとって本望だというのなら、とっとと死んでしまえばいいと言うことになる。しかし「グレンラガン」の物語では自殺は完全に否定され、同時に一人の人間の「命」を生から死までトータルに肯定している。
 魂を縛る枠とは、肉体ではなく自意識の【魂】そのものへのパラダイムなのだろう。
 なんとなく、この胸の中に収まっているような気がしている魂。思考とか感情とか、そんなものと一緒くたにして自分の中の一部分のように思っている魂。むしろあるんだかないんだかわからないその存在。それが実は時間や宇宙にも繋がっている光なのだとしたら…
 グレンラガンを見て感じる「気持ちよさ」に、私はそんな幻想を見る。そんな枠をぶち壊しパラダイムを転換することが、最高に「気持ちいいこと」に思えてくる。





 「天元突破グレンラガン」は、【魂】を抜きにして語れない物語だ。逆に言えば、【魂】そのものの物語なのかも知れない。

 知性が作りだしてしまう巨大で絶対的な絶望も。物理法則による曖昧で不確定な現実も。限りなく分岐し混乱していく自我意識も。全てを凌駕して光輝いていたものはなんだったのか。

 「天元突破グレンラガン」を見て、深く感動した友よ。
 そこに描かれていた戦いと勝利に共鳴していたのは、あなたのなんだったのか。








魂は熱くなる。魂は上を目指す。魂は光を求める。魂は受け継がれる。魂は連なる。
魂は宇宙へと繋がっていく。
魂は過去も未来も貫く大きな螺旋となる。






 「天元突破グレンラガン」。
 螺旋となって突き抜ける、それは魂のエクスタシー。






                              
天元突破グレンラガン考・了



=================================================

いやー、長かった!難しかった!挫折しかけた!(笑)
ほんとこんな戯言にお付き合い下さった皆さん、ありがとうございます〜
て、マジでさー、書くこと本当はなかったんだよね。ないのよ。もう物語で完結しちゃってるじゃん?これ以上掘り下げるコトなんてないんだってば。
でもさー、なんか感動で語りたくなってくるわけよ。ナンセンスと分かっているのにしたくなるワケよ。で、その辺からこういう結論になってきた訳なんですけどね。
……はっきり言って、ものすごくハズしている気もするよ(^^;;;










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2009年06月26日

天元突破グレンラガン考・10 命

 アンチスパイラル… 彼等は螺旋族であり、高度に進化した知的生命だった。
 螺旋族であるが故にその力を恐れ、決意し、覚悟した。
 それはシモン達にとっては、無限に分岐する進化ルートの一つでもある。
 「有り得たかも知れない」自分たちの未来の姿がもたらした闇に、終止符を打つ。




 [天元突破グレンラガン]の最終決戦について、私が今更何を言うことがあるだろう?

 以前から私は「ラスボスとの決戦において必要なのは、第一に主人公が舌戦で相手の主張に反論出来ること。それもそれまでの物語の展開を踏まえた上で行われること。第二に全力で戦い勝利すること。第三にそれらを魅せる総合的な表現力」だと思っている。その点では、「グレンラガン」の最終回は完璧だったといえるのではないだろうか。
 シモンがアンチスパイラルに向かって叫ぶ台詞は無駄をそぎ落とした高い熱量が漲り、意識と力の拡大で想像を絶する巨大な姿となったグレンラガンも、戦いの中で次々とその装甲が崩され、最後に核であるラガンの一撃で敵を倒す。魂の言葉と魂の技、それを表現し尽くした画とタイミングぴったりに流れる主題歌。個人的には理想の決戦だったと思う。




 しかし、この最終回については多少批判的な意見も耳にした。大きく分けて二つ。

 ・シモンはスパイラルメネシスを止めるんじゃなかったのか、引退していいのか
 ・ニアを助けてやるんじゃなかったのか

 ……これらについて、私なりの考えを書き留めておきたい。




 まず、シモンについて。

 今まで再三書いてきているが、私はシモンの高い螺旋力は「突破力」にひたすら特化していると仮定している。元来「螺旋力」とは螺旋遺伝子が本質的に持っている上昇力のことであり、その現れ方は人により様々なはずだ。が、アンチスパイラルにより弾圧されているこの危機的状況の中で、最も必要とされている能力を持って生まれたのがシモンではないかと思う。
 突破力…とは、裏を返せば破壊力でもあり、シモンがスパイラルメネシスの恐ろしさを最も身をもって感じ取れたのも当然だろう。
 シモンは自らの能力を分かっていたからこそ、「俺の仕事はここまで」と言い切り、後任に全てを任せたのではないかと思う。そもそも総司令として新政府のトップに立っていたときに、自分の向き不向きについては分かっていたはずだ。



 …とまあ、理屈ではそうなのだが。個人的には

 「それが、かっこよさなんだよ」

 というのが、一番納得する答えだったりする。そう言う理屈や理論を超えたところに、答えを見出すのが【グレンラガン的】な気がするのだ。





 そして、ニアについて。



 まず、ニアはそもそもアンチスパイラルの疑似生命体だった。アンチスパイラルを倒すことは、即ちニアの消滅でもある。アンチスパイラルが戦いに敗れたと同時に、支配していた次元宇宙は消えてなくなったわけで、彼等の作り出す「不安定な分子構造」を持った物質や生命も、その本体である母星が消えると長く形を維持出来ないのかも知れない。
 これは「基本的に避けられなかったこと」であり、それを覚悟した上で二人は決戦に挑んでいたのは描写からも明らかだ。


 では、ギミーの言うとおり螺旋力を使えばニアは蘇ったのか?


 まず考えられることは、「そもそも不可能」ということだ。
 四次元以上の世界ならともかく、シモン達は三次元の地球に帰還している。三次元では「時間の矢は不可逆」という物理法則の大前提があり、一度失ってしまったものを再現しようとしても、なんらかの摩擦が起こり完全に元のものに修復することは出来ない。
 螺旋力によって無から有を作り出すことはある程度は出来るかも知れないが、死んだ人間を生き返らせることは叶わなかった。


 もう一つ考えられること。それは「敢えてしなかった」「する必要がなかった」という選択肢だ。
 何故なら「分かっていたことだから」。

 シモンがニアの死を受け入れた理由は色々あるだろうが、「分かっていたことだから」の一言に尽きるのではないだろうか。それが彼等の覚悟だったのだろう。(この辺の決意については、劇場版で再トレースされることで鮮やかになったと思う)




 …これはシモンの心情と言うよりも、作品論になってしまうのだが、私はニアを蘇らせなかったのは正解だったのではないかと思う。個人的にはシモンとニアの幸せを心から祈っていたのだが、作品としては、これでいい。
 「天元突破グレンラガン」とでは、26話のシモンとカミナとの会話や最終回のシモンの台詞など、人の「死」に対して、主人公が一つの答えを見出している。そしてその視点が、作品として「生まれて死ぬ、命そのもの」への賛歌になっている気がするのだ。
 螺旋族として生まれた生命。そこには上昇しようと言う本能があり、運命があり、人生となり、それらすべてが【命】そのものとなる。そこに貫かれた魂は繋がって更に大きな螺旋を描き上昇する。生まれたこと、生きていること、そして死ぬこと。全てを受け容れ肯定してこそ、一人の人間の命なのではないだろうか。




 死を受け入れることで、命を肯定する。
 その人が生まれてきたことそのものを肯定する。
 死というものが終わりではなく、魂として受け継がれていくイメージ。





 だから。それは別れではない。一緒なのだ。




つづく。次でそろそろフィニッシュの予定。








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2009年06月19日

天元突破グレンラガン考・9 継

 「諦念」「限界」「絶対」…それは知的生命であるが故に作り出す意識の分厚い壁。
 そこに魂のくさびを打ち込み、風穴を開け、すべてをひっくり返す。
 グレンラガンの戦いは、常にそうだった。

 天井を塞ぐ地盤は、光あふれる空に変わり
 巨大な敵の城は新政府の足場となり
 人類を殲滅する為に落下してくる月は巨大な艦となる。





 アンチスパイラルとの決戦に挑んだ大グレン団は、多くの螺旋の戦士達が同じ敵に挑み、ことごとく敗れ去っていったことを知る。そしてその圧倒的な力と狡猾な罠により、ダイグレン団も多くの犠牲を払うことになる。
 ロージェノムでさえ大敗を喫した相手に、無傷でいられるわけがなかったのだ。
 その壮絶な戦いの中で、やはり白眉だと思うのはキタンの死の下りではないかと思う。命をかけたキタンが、自らの手でギガドリルを発動させ、己自身の螺旋力を目の当たりにしつつ死んで行く。高い戦闘能力を有しながらも、シモンのような天才タイプではなかったキタン。人の可能性がそこに見えてくると共に、ずっと脇でグレン団を支えてきた、キタンという男の生き様に痺れる。


 アンチスパイラルの最後の罠、それは無限に連鎖し枝分かれしていく意識の迷宮に、螺旋の戦士を閉じこめることだった。これは知的生命であれば逃れることが出来ない世界だという。
 夢の中を思い浮かべて欲しい。夢の中にいながら、それを夢と自覚するのは非常に難しい。意識の小さな分岐が、夢の次のシーンを決めてしまう。そんな世界にシモン達は入り込んだのだ。
 そこにいたのは、姿形は勿論、性格や行動も喋る言葉も同じなのに、なにかが抜け落ちているカミナだった。





 さて、ここで疑問がある。

 何故グレン団はアンチスパイラルに勝つことが出来たのか。
 何故あの絶対抜けられないはずの意識の迷宮を抜けることが出来たのか。





 私はその答えに対する仮説として、カミナとシモンの義兄弟を「抑圧された螺旋族の集合意識が生んだ一対の魂」として考えてみた。
 限界を知らぬ不撓不屈の闘志と、闇の中に光を見出す言葉。その言動が人の心に種を蒔く男、カミナ。【突破】に特化した行動力と直感力を持つシモン。彼等が深く結びつくことこそが、抑圧された螺旋族の希望であり、選ばれた者としての運命だったのではないかと。



 獣人に土下座をしているカミナを見て、シモンはおぼろげに「なにかが欠けている」と気が付き、思わず胸に手をやる。
 カミナをカミナたらしめるなにか。彼をアニキと呼ばせたなにか。意識がそこに向かったときに、シモンは気付くことが出来たのだろう。




 無条件に信頼を寄せる魂の存在!

 意識したとき、それはついに姿を得て目の前に現れる。





 曖昧な宇宙の中で選び取る現実。多くの可能性の中で、何を基準に進む道を選び出すのか。
 カミナの蒔いた種。受け継がれた魂。その強い絆の中に突破口があった。
 シモンの意識の光は、幻想の中に埋もれていたカミナの魂を見出すことができたのである。「好きな方を選べ!」と言われて何を躊躇することがあるだろうか? 選ぶ道は決まっている…彼は今までもずっとそうしてきたのだから。
 ヨーコも又、受け継いだ魂によって目覚めた。同じくカミナの蒔いた種を育て花を咲かせたヨーコだからこそ、自分が本来あるべき姿とそれを得た場所を思い出すことが出来たのだろう。




 魂こそが、絶望の支配する宇宙を凌駕する大いなる輝きではないか…




 グレンラガンの考察を進める上では、「魂」という言葉を抜きにして語れない。
 しかし私達は「魂」がなんなのか、本当に分かっているのだろうか。そもそも「魂」とは、私(わたくし)一人のものなのだろうか。魂とは、個人のものであると同時に、多くの他の者と連なった存在なのではないだろうか。



 

光が粒子でもあり波でもあるように。
魂は個でもあり全体でもあるのではないか。






 シモンとカミナ、そして大グレン団の面々。彼等の魂は深いところで互いに結びつき、大きな螺旋のうねりとなって、絶望の支配する宇宙に立ち向かう。


「倒れていった者の願いと、後から続く者の希望。
 二つの想いを二重螺旋に織り込んで、明日へと続く道を掘る!」



 その二重螺旋の中には、今まで幾度も挑み敗れ去った螺旋の戦士達の魂も織り込まれていることだろう。数知れぬ多くの犠牲があったからこそ、カミナとシモンという二人が生まれてきたに違いない。
 螺旋の魂が作り出すドリルは、絶望の暗闇で少しずつ回転し、未来へと前進していたのである。









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こいつが迷宮で見た夢に泣いた。

 

2009年06月11日

天元突破グレンラガン考・8 月

 孤独の中に自分を見つめ直し、解体した自己を再構築したシモン。ようやく己自身の魂と向き合うことが出来た彼は、ようやくニアの言葉を受け容れることが出来た。
 シモンはニアの庇護と愛情によって立ち直ったのではない。
 「俺は俺だ」の境地を自分自身の力で掴んで、やっと彼女を真っ直ぐ見つめることが出来たのだ。
 囚われた自分と仲間達の突破口を開く。シモンは穴掘りを通した自己再構築のプロセスの途中で見つけた、緑色の光る石をニアに送る。
 そして恐らくその石は、後年あの指輪になったのだろう。

 シモンとニアは、お互いに与えあい支え合う、自立したカップルだった。



 テッペリン攻略から7年後、100万人の人工を突破した人類に、アンチスパイラルによる殲滅システムが動き出す。
 突如として現れ、街を襲うムガン。地上に落下してくるという月。そして人々に絶対的絶望をつきつけるメッセンジャー・ニア。

 彼女の遺伝子の中には、アンチスパイラルの仮想生命因子がくみこまれていたのだという。ニアの父親は螺旋王であることからも、母系遺伝子の中にその因子が潜んでいたのは間違いないだろう。1000年にわたる遠大な仕掛けである。

 アンチスパイラルはニアが「螺旋の戦士の子として生まれ、螺旋の戦士に愛された」ことは単なる偶然と言った。私はそれが偶然でない理由を色々と考え理由づけてみたけれど、あまり意味がないので省略する。




 女系遺伝子に仕掛けられた絶望のメッセージ、落下してくる月、というのは非常に面白いモチーフだと思う。
 何を隠そう私は、一時期、真剣に西洋占星学を学んでいたことがある。占星学で言えば、男性は太陽であり、太陽とは神化と魂の在処。女性は月であり、月とは肉体と感情、そして過去へと引き戻す力だ。私が以前、占星学で師匠と仰いでいた人が、「月は地球を物質次元に封印している」とおっしゃっていたのを思い出す。
 グレンラガンのスタッフは、こんな神秘世界の戯言を知っていてこの設定を繰り出してきたのか、単なる偶然なのか。私はむしろ後者である方が面白いな、と思ってしまうのだが。
 にしても、恋人同士であった頃は「あたたかくて気持ちよかった」彼女が、婚約した途端に本能のままに上昇することを否定する絶望のメッセンジャーとなる、なんて、ちょっとリアルで笑える。それも女性の持つ「安定を求める」という本能のすることなので、仕方ない。
 (蛇足ではあるが誰からも中立の立場で、皆に深い洞察と正しい理解をもって接したリーロンが、オカマであったというのは非常に面白いと思う。)



 絶対に相容れない存在であるはずのシモンとニア。
 しかし、その「絶対」は崩される。



 メッセンジャーは語る。絶対的絶望のために、と。
 だが、ロージェノムが言ったように、この「グレンラガン」の宇宙を…そして私達が住んでいるこの宇宙も…支配しているのは「曖昧さ」なのだ。知性を持った意識の壁が如何に高く厚くそびえようとも、それを上回る【力】を持って風穴を開ければ、それは壁ではなくなる。絶望ではなくなる。
 そしてシモンという男は、その能力に特化した人間だ。
 絶対的絶望を口にするメッセンジャーにシモンは言う。俺には人を試しているように思えたと。お前の心は助けを求めていると。与えられた現実への、「絶望」を知らぬ解釈。それを小手先の知性ではなく、もっと胸の奥から突き上げてくる叫びの如き力でやってのける。それは決して、後追いで誤魔化したポジティブシンキングではない。

 シモンの魂には、カミナの蒔いた種が開花していた。元来持っている突破力に、闇の向こうにある光を信じ抜く意識。



 絶望・限界を視界に入れぬ強い心。
 その力を、輝きを、己の魂として見いだせるなら。

 それは【絶対】すらも打ち崩す。




 新作の映画【螺巌編】では、「月の下りで最後に立ちふさがるニアこそが、最大のアンチスパイラルの罠」と言及することで、シモンの力の覚醒と直感的な洞察を分かりやすく描写していた。これは非常に良かったと思う。



 ニアの話が出たので、ヨーコのことを少々書き連ねておきたい。


 カミナはありとあらゆる人々の意識をシフトアップし、上昇力を煽っていった。それは完全に男性原理に訴える力だ。
 その中にあってヨーコは、ただ一人、女性原理を生かした立場でカミナの蒔いた種を受け止め開花させたキャラだと思う。決戦前夜、カミナと二人っきりになったときに彼が漏らした言葉を、胸の奥にしっかりと根付かせたのだろう。ぶち壊して前進するのではなく、守り育む。彼女はスナイパーとして戦いもしたが、ライフワークとして選んだのは教師という仕事だった。
 最終回、最終決戦の場でもヨーコの心にはカミナがいた。

 ドリルというモチーフを前面に出したアニメにおいて、ナイスバディと露出の烈しいコスチュームという、「如何にも」な出で立ちで登場したヨーコ。おっぱいは揺れるしアングル際どいし、かなり色っぽいサービスをしてくれたキャラだったが、最後までカミナ以外の男の影は一切描写されなかった。
 セックスシンボルと思いきや、物語の上ではずっと処女性を保っていたというのは、彼女の精神的な潔癖さとカミナへの思いの純粋さを示していたように思う。





まだつづくなー







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重要なのは萌えか、露出か(笑)

 

2009年06月03日

天元突破グレンラガン考・7 覚

 絶望の宇宙に風穴を開けるために生まれた男、シモン。
 暗闇の向こうに光の存在があることを教え、導いてくれたカミナは、唐突に死ぬ。



 限界を知らない彼の性格上、死力を尽くす戦いの中で長生きが出来ないのは道理なのかも知れない。しかしそれはシモンにとってあまりに突然だった。深い深い喪失感に、自分自身までも見失ってしまったシモンは、自らを封印してしまう。
 その間、シモンの耳には誰の言葉も届かない。顔つきまですっかり変わってしまい、戦うことすら満足に出来ない酷い状態になってしまった。
 グレン団の仲間達も、自分のことで精一杯で誰も何もしてやれない。唯一、死の淵から復活した螺旋王の王女・ニアだけがシモン自身の力を認める言葉をかけ続けていたが、彼女の優しささえ直接の救いにはならなかった。



 「アニキ」の喪失と自立。



 シモンにとってカミナとは、単に心の通じ合う兄弟、というだけの存在ではなかった。
 「カミナは種まき人である」という仮説を前提としよう。それならば、カミナがシモンに語っていた言葉は、直接シモンの魂に種を蒔き続けていたと言うことになる。シモンはカミナの言葉によって、己の魂の居所を知り、為すべき事を教えられた。
 それは魂にとってこの上もない歓びであると同時に、依存にもなる。
 アニキはすごい。アニキの言うとおりにすればいい。アニキが信じてくれる俺を信じればいい。アニキ。アニキ。アニキ!
 …しかし、カミナはいなくなってしまった。自分の魂の拠り所のなくなったシモンは、まるで自分自身の魂を失ってしまったように感じてしまう。
 カミナの強い影響力を肌に感じて分かっているグレン団のメンバーは、シモンが抜け殻のようになってしまっているのを、ある意味「納得」してしまったのだろう。何故なら彼等自身もシモン程ではないにしても、大きな喪失感を胸に抱えてしまっているからだ。共感すら感じるからこそ、苛立ちを覚える者もいる。



 誰もシモンを助けてやることは出来ない。
 シモンも心を閉ざし、誰の助けを借りようとしない。



 もしも。
 もしもシモンが、聡明な理解力を持つニアの「シモンはシモンであればいい」という言葉を素直に受け容れてしまったら。きっとシモンは、また自分の魂の在処を他人にゆだねてしまったことだろう。
 たとえ螺旋王との戦いに勝ったとしても、アンチスパイラルのメッセンジャーとして覚醒したニアの前に、その突破力は跡形もなくなってしまったに違いない。



 閉ざされた空間の中で、ただ、穴を掘る。
 孤独の中で深く自分を見つめることが出来たからこそ、改めて内なる光に気付く。
 遠く宇宙の果てまで進もうとする者は、より深く誰よりも深く、自分を見つめる強さがなくてはならない。作用と反作用。外へと向かう力の強さは、内へと掘り進む力とイコールだ。




 俺は俺だ!




 シモンは自分が出来ること、自分のすべき事を識る。
 魂は己の内に最初から光を放っていたことに気付く。

 今こそ、真の意味でカミナの言葉を胸の奥深くで受け止められる。



 ここはグレンラガンの物語の中でも非常に重要な位置づけのターニングポイントといえるのではないかと思う。
 シモンの復活には、4部構成26話のスピーディーな物語の中の3話が費やされる。それは説得力を持たせるギリギリの長さだったのではないだろうか。これより短いと短絡的であり、長いとアンバランスだったろう。
 失ったものの大きさ。それを乗り越えて真の己を見出す強さ。シモンの復活は、十分それを描き出していたのではないかと思う。あの展開の熱さは「天元突破グレンラガン」という作品の持つ、大いなる魅力の一つだろう。なによりも、安易に依存しない強さがあった。それがうれしい。






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これはかっちょええな〜
 

2009年05月21日

天元突破グレンラガン考・6 知

 穴掘りの天才故に「穴掘りシモン」と呼ばれた少年。
 「天元突破グレンラガン」は、何処にでもいそうなオタク少年が、破天荒な人々の間で成長していく物語にも見えるだろう。
 しかし、ストーリーが進むに連れて立ち上ってくるのは、より強く烈しく彼を導く運命の力。この物語は、大宇宙で種の存続を問う "さだめ" を背負った男の、覚醒と戦いの物語に見える。



 「天元突破グレンラガン」は非常に緻密に構成されている。
 5話のアダイ村のエビ。これは前半だけ見ると、単に敵と雌雄を決するために旅をするグレン団一行に、新たな仲間が加わる話だ。しかし三部に突入すると、そのモチーフは更にスケールアップして繰り返される。カミナと司祭のやりとりは、それぞれの精神を色濃く受け継いだシモンとロシウの立ち位置で示される。
 それと同時にその対立が、四部のアンチスパイラル最終決戦の中で生かされる。




 「突破する」ことを種の集合意識から託されたシモン。
 彼が風穴を開けるべき壁は、どんどん巨大になっていく。

 シモンが真に突破すべき壁、とはなんだったのか?




 最初の5話のアダイ村のエピをもう一度考える。
 資源の乏しい小さな村。そこで村長となった男は、ここでは50人以上の人間が生きられないことに気が付いた。その制限の中で、犠牲に目をつぶりつつ、多くの人々が生きる道を選ぶ。
 が、カミナにはその事情が理解出来ない。なぜそこで「だめだ」と思ってしまうのか。あれほどの気合いを持ちながら何故、と。



 二人の違いは、「意識」の違いだ。
 頭のいい人間程、この穴に陥りやすい。




 「宇宙とは曖昧さだ」と、後に生体コンピューターとなったロージェノムは語る。第四部の戦いを見ると、アンチスパイラルと螺旋族との戦いは、量子論が支配する曖昧で確立の支配する宇宙を、何処まで制するかの戦いであるように思える。彼等はかつて、その高度なテクノロジーで、次元すら超えて量子宇宙の中を戦っていた。
 無茶苦茶な変形をするグレンラガン。アニメらしいこの描写だが、実はこの変形こそ、螺旋族の持つ「意識がエネルギーとなり、物質に直接影響を与える」技術であると言える。


 曖昧さの中に意識が現実を作り出す。


「天元突破グレンラガン」の世界観、宇宙観のベースはここにある。それも四部になっていきなり、ではない。一部からずっと、その宇宙観は貫かれてストーリーが展開している。
 そして、その構造を全く同じかそれ以上に熟知した存在、それがアンチスパイラルなのだ。




 アダイ村の司祭が、かつての螺旋の戦士ロージェノムが、生まれながらの聡明さで急成長し政治手腕を発揮するロシウが、感じた限界とはなんなのか。
 曖昧な宇宙の闇を、知性の光が照らし出す。高度な知能を持つ程、その照らし出す果ては遠くなるが、そこに映る影も巨大になり闇も深くなる。知力が高い故に見えてしまう「限界」。人の意識が可能性を作る代わりに、壁も作ってしまうのだ。
 三部。ロシウがいくら才覚があると言っても、知力が次元を超えるレベルで上回るアンチスパイラルが相手では、赤子の手を捻るも同然だったろう。アンチスパイラルの張る罠とは、人であるが故に発達していく知性が意識に大きく干渉し、それ故に絶望の宇宙に囚われていく構造を、巧に利用した策だからだ。



 意識が支配する曖昧な宇宙の中で、知力に勝る相手に勝つために必要なもの。




 螺旋族の集合意識が選んだ答え。それこそ、


己の魂への無条件で絶対的な信頼



 だったのではないだろうか…と、私はそんなふうに考える。
 魂!魂こそが、暗黒の宇宙を凌駕する大いなる輝きであると。





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何を隠そう私はロシウが一番好きです!

 

2009年05月15日

天元突破グレンラガン考・4 壁

 魂の兄弟、カミナとシモン。
 シモンがコアドリルを掘り出したその日から、シモンはカミナをアニキと呼ぶようになった。
 カミナの言葉が示す光と、シモンの突破力が未来を変えていく。
 異なる要素が二重螺旋を作り、運命を巻き込んで上昇していく。





 物語は地上に移り、更に多くの人がカミナの言葉に惹かれて集まるようになる。人類の脅威であるガンメンと戦う仲間達。カミナの口先だけで存在していた謎の団体「グレン団」は、大きくなっていく。


 第一部は基本的にカミナが中心となって物語を引っ張っている。その牽引力、影響力は大きい。その陰でかなり目立たないシモンではあるが、カミナは常にシモンの力を信じている。シモンはと言うと、アニキに言われるままに戦い続ける。序盤は性格的に戦いに向かず、ヘタレたりもしたのだが、結局シモンはカミナの言うとおり「やってのけて」いくのだ。
 後にシモンはカミナのことを「アニキは憎しみで戦っていたのではない気がする」と語った。それは画面からもこちらに伝わってくる。カミナのことを本質的に理解しているシモンが、後にこのセリフを言うことで、私達は改めてカミナとグレン団の戦いがなんなのか、というのを考えさせてくれる。

 じゃあ何のための戦いなのよ?と言われると、恐らくカミナ自身は「成り行きまかせ」と言ったところだったんじゃないかと思う。目の前に壁があるから光を求めて突破する。敵が来たからぶっつぶす。いっそこちらから本拠地に乗り込む。ひたすら純粋な上昇志向なのだろう。
 カミナにとって忌むべきは、目の前に立ちふさがり光を遮る存在すべてだ。それは迫り来るガンメンだろうと、生まれ故郷の村長であろうと、余り大差ない。
 ひたすら目の前の壁を突破したいと願う。そしてシモンはその期待にちゃんと応えてやるのだ。



 立ちふさがる壁。限界。
 これはグレンラガンの中で繰り返し描かれる。




 5話。旅先でアダイという村を訪れる。ロシウの村のエピだ。
 私は最初に見たとき、司祭とカミナのやりとりは「どう考えてもカミナがイタイ」としか思えなかった。あの資源の乏しい村にはそれなりの事情があり、そこで傍若無人にふるまうカミナはどうかと思ったし、司祭のしていることを「俺にはさっぱり分からねえ」と切り捨てるのも知性と想像力がなさすぎると感じてしまった。しかしある時、そうではないと思うようになった。
 恐らく、カミナには「……だから不可能」という思考回路が、一切欠落しているのだ。「不可能」とか「限界」とか、そういう言葉はカミナの辞書にはないのである。これは生まれ持った特質であり、「ここまでが限界だから妥協する」ことそのものを理解出来ない。だから「何故そこで諦める?」という反応になるのではないか。
 そしてそれこそ、螺旋族絶望の時代のSEED MANになくてはならないものだろう。


 シモンはそんなカミナの行動に、しばしばストップをかける。その限界を知らぬ思考と行動は常に命の危険が伴うからだ。
 アダイ村でもカミナを制したのはシモンだった。
 結果的にカミナの言葉は旅の仲間を増やすことになるが、村そのものが変わることはなかった。



 結局…このアダイ村を変えたのは、世界を制している巨大な壁、螺旋王ロージェノムとの戦いに打ち勝ったシモンだったのかな、と私は思う。カミナの言葉は人を動かすが、最終的に壁を打ち壊すトリガーを握っているのはシモンだ。
 「天元突破グレンラガン」という物語では、最終回までその構図は揺るぎなかったと思う。





 状況が変わる。運命が動き出す。加速する。
 知らなかったことを知る。視界が開ける。
 目の前に立ちふさがる壁は、更に大きくなっていく。
 そんなことを一切意に介さずに前進しようとするアニキを誇らしく思いながら、少年は成長していく。




まだつづくー







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色んなプロジェクトあるのなー

 

2009年04月30日

天元突破グレンラガン考・4 兆

 第一部の冒頭、ナレーションは語る。
 「これはまだ自分の運命を知らない男の物語」

 運命とは何だろう。
 色々な考え方は出来るが、人の進むべき道や決定する意志、それを取り巻く環境や出会いなどが、すべて絡み合って出来上がっているものではないだろうか。運命の歯車は様々なファクターを巻き込み、一つの流れを作り出す。



 舞台は地下に閉じこめられた人々の小さな村。ドリルで「より地下深く」穴を掘りつつ生活をする人々。その中にあって、誰よりも深く、長く、穴を掘れる少年『穴掘りシモン』。彼は来る日も来る日も、下へ下へと穴を掘り続ける生活を繰り返していた。ある日彼は、小さな小さなドリルを掘り当て、そこから物語の主人公である彼の運命が流れ出した。
 小さなドリル…コアドリルはさらに巨大な「顔」を掘り出す。後にラガンと呼ばれるそのロボットは、恐らくコアドリルに反応して近付いてくるのだろう。二部で敵に捕らわれたシモンがコアドリルを使って脱出しようと黙々と壁を掘り続けている時、まるで声なき声に呼ばれたが如く、うち捨てられたラガンがやって来ている。


 時系列的にはそれより過去に遡るが、シモンは生まれ育った村で重要な出会いを果たしている。彼がアニキと呼び心を通わせる青年、カミナだ。
 少年シモンの心に響く言葉をかけ導く男、カミナは言う。



 「お前のドリルは天を突くドリルなんだよ!」



 彼等の住む世界の【常識】を考えると、元来ならばあり得ない言葉ではないだろうか。
 彼等の頭上には常に地表という天井があり、その概念の中には私達の思い浮かべる【空】はない。そもそもドリルとは常に下か横、己の手の届く範囲の障害物を掘り進めるための道具であり、手の届かないなにかを突き破ることは出来ない。

 正直カミナは賢い男ではないと思う。多分この「お前のドリルは天を突く!」という言葉は、余り深く考えて出たものではなく、「なーんとなくこいつなら出来る気がする!そうに決まってる!」というワケの分からないぼんやりとした予感のようなものだったのではないかと思える。
 しかし、その妙な直感に確信があるかのような言葉を与えることが出来る男なのだ、カミナは。恐らく彼の言葉というのは魂の言葉であり、だからこそ人のハートの奥に眠る何かを揺さぶるのだろう。だから私は、彼のことを「種を蒔く人(シードマン)」と思っている。


 カミナはコアドリルを身につけたシモンに「似合ってるぜ」と声をかけた。
 掘り当てたラガンを「これはお前のだ」と宣言した。
 魂の兄弟=カミナとの繋がりと、コアドリル=ラガンとの出会い。二つの螺旋が重なった時、シモンは真に「天を突くドリル」を手に入れたと言える。道は彼の前に開かれてはいるが、今だ少年はそこに見えている己の為すべきことを知らない。



 敵の襲来と初めての闘い、そして天に向かって突き進むドリル。
 高まるエネルギーの渦の中で、ついに地表を突き破って天に舞うラガン。
 無限の空と遠い地平、溢れる美しい光。




 今までずっと不可能と思ってた。
 …でももしかしたら出来るんじゃないか?





 この物語は、パラダイムの転換から始まったと言ってもいいのかも知れない。






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2009年04月24日

天元突破グレンラガン考・3 力

 地下で暮らすか地上で死ぬかという、過酷な生活の中で生きる人々の心を揺さぶり、行動に駆り立てる男カミナ。
 彼は時代と抑圧された螺旋族の集合意識が生んだ「SEED MAN=種を蒔く人」であったのではないか…と仮定して話を進める。



 ……だとするならば。
 時代と集合意識が生みだしたもう一人の存在、それがシモンだ。
 彼等は正に一対、互いが互いを必要とする魂の兄弟であった。



 カミナが閉ざされた暗闇の向こうに光を見出し、逆に限界や不可能という言葉を一切関知しない(出来ない)という特異な性質があったように、シモンにもまた時代の求める究極の力が与えられている。それを一言で言うならば…

 突破力

 …とでもいうべきものだ。それ以外は全くもって平々凡々、大きな取り柄も特徴もない。が、目の前の何かを打ち砕き、人をその向こうへと導く突破力、それには天才的な力を発揮する。単純にはその力は「穴掘り職人」としての技術として見ることが出来るが、「穴を掘る」というのは彼の力の具体的な現れに過ぎない。
 それをカミナは見抜いた。シモンは自分のことを全く分かっていなかったが、種まき人であるカミナは、その力が螺旋族を覆う闇を貫くものであると、無意識の領域で気が付いたのだろう。だからこそ年下で、どちらかというと地味な少年であるシモンを「自分がしたいことを実現してくれる力を持った男」として全人格的に信じているのではないだろうか。

 よくよく物語を思い返せば、カミナはあれほど大きな影響を人々に与え物語を動かしているが、重要な局面を切り開いているのはシモンなのだ。
 最初に二人で繰り出した必殺技「ラガンインパクト」。これはその典型とも言えるような技で、カミナはシモンをラガンごと力の限り放り投げるだけ。あとはシモンが一気に敵をドリルで貫いて殲滅させる。まさに「丸投げ」。肝心なところは「それはお前がやるんだよ!」というわけだ。
 しかしカミナはシモンには出来ると「分かっている」し、シモンはそれに応える「力」がある。

 だったら最初からカミナのチャネリングとシモンの突破力、この両方を持った人物が生まれてくれば早い…と考える人もいるだろうが、それはちがう。
 それらの能力は全く別のものなのだ。作曲家と演奏者が違うのと似ている。SEED MANと開拓者はそれぞれ、その能力に特化されているからこそ運命の切り札となりうる。螺旋力とは単体よりも、組み合わせることで最もその力を発揮する。



 カミナはシモンに言葉という名の光を与え

 シモンはカミナに魂の進む道を切り開く。



 ある日シモンが掘り出した小さなドリル。
  「似合っているぜ」「それはお前のだ」とカミナが宣言することで、少年シモンは「穴掘り」から「螺旋の戦士」になった。
 運命の覚醒。大宇宙を舞台にした遠大な運命の序曲が幕を上げるのである。
 そんなことは、カミナもシモンも、知る由もなかったのだが。





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うおおお、これはwwwww

 

2009年04月14日

天元突破グレンラガン考・2 種

 全27話、四部構成。最後まで失速しないどころか加速し続け、その物語は完結した。
 たった半年という放送期間からは想像出来ない密度の濃さと、それを可能にした考え抜かれたであろう構成。散りばめられた名セリフ。アニメという表現媒体を最大限に生かしたクオリティの高い作画。それらが全て一つに貫かれて巨大な渦を作りだしているが如きこの「グレンラガン」。一体何処から紐解けばいいのだろうか。
 戸惑うことが多いのだが、思うところからとりあえず書き始めてようと思う。




 さて、ここで改めてカミナという人物について考えてみたい。


 カミナという男は、ぶっちゃけあまり賢いタイプではない。後に世界をひっくり返す「グレン団」のリーダーは、かつてのロージェノムがそうであったように、その力も知恵も勇気も揺るぎなかったであろう最強の男というわけではなかった。
 どちらかというと口先だけはやたらと流暢で、そこには確実性があるのかないのかさっぱり分からず、およそ知性というモノからはほど遠いのに、そのクセ人の心だけはがっちり掴む言葉を吐く。
 じゃあいい加減でしょーもないヤツなのかというと、たまらなく魅力的であり、男の中の男、いやむしろ漢!というような人物だ。



 私は最後までこの物語を見終わった時、改めて

 「カミナとは何者だったのか?」

 と思い返さずにいられなかった。序盤でその命を散らしながら、何故彼はあそこまで物語の中で光を放ち続ける存在たり得たのだろうかと。



 ……で、思ったこと。(ここからは私の勝手な解釈です


 「グレンラガン」はその物語が後半になって、ようやくこの世界の謎が明かされた。
 宇宙はアンチスパイラルと名乗る勢力に制圧されている。我々のような螺旋遺伝子を持つ生き物は、圧倒的な絶望の元に封じ込められている。かつて己の生存をかけて戦った螺旋の戦士達は、ことごとく敗れ去っていた。
 そして地球では、1000年の長い間、螺旋族は幽閉された状態で細々と生きてきた。その闘いの記憶すら、彼等の意識に上ることもない。
 そして万が一、100万人以上に人が増えた時、アンチスパイラルは殲滅しようと動き出す。そして、その時にメッセンジャーとして覚醒する疑似生命が潜んでいる。


 しかし、実は螺旋族にもメッセンジャーがいたのではないか?


 それはアンチスパイラルがしたように、何者かによって意図的に送り込まれているのではない。長い時間をかけ多くの犠牲を払って、抑圧され続けてきた螺旋の遺伝子が、その生存をかけて作りだした希望の欠片。どうしようもなく絶望的な状況の中で、必ずその壁の向こうに光が満ちあふれた世界があるのだと、指さし導く不屈の魂。

 どんなときも、時代の新たなるパラダイムを作り出す人物が存在する。人の意識の進化を牽引していく力のある「言葉」を、「思想」を、人々に植え付ける人物。
 もしかしたら、いやきっと、シャーマニック存在なのだろう。
 それを「種を蒔く人」…SEED MAN 、と呼ぶのだそうだ。
 SEED MANの言葉は、人の心に種を植え続ける。いつかその人の胸の奥で、その言葉が芽吹き、成長し、花を咲かせる日が来る。より多くの人の心に花が咲いたとき、その思想は時代を作り上げ、人は新しい一歩を踏み出す。


 カミナは、この物語の宇宙が生んだ種蒔き人だったのだと、私は思う。


 だから。だから彼の言葉には魂がこもっていたのだと。余り深く考えもなく投げかけられる言葉の中には、実は時代と種の集合意識が求める大いなる希望をチャネリングしていたのだと。その言葉に触れた者の意識を目覚めさせるように。その思いを感じた者の魂を揺さぶり動かすように。
 カミナの意識には「限界」がない。やって出来ねぇことはねぇ!何故そこで諦める?俺にはさっぱりわからねぇ!まさにそのリミッターの振り切れた思考回路こそ、螺旋族の魂の叫びだった。その何の根拠もない熱意こそ、螺旋属が絶望の底で求めた光だった。
 「天元突破グレンラガン」の物語を、最初から最後まで、カミナという男の言葉が精神の背骨となって支え続けていたのは、そう言う理由からではないか…と、私は考えている。



 時代に「種を蒔く男」は、ひとりの男と出会う。いや、見出す。

 こいつなら、俺の蒔いた種を育てることが出来る。
 見たこともないような花を咲かせることが出来る。
 何故かしらねぇけど、俺には分かる。分かるんだよ、兄弟!
 シモン。お前ならやれる。俺の信じるお前を信じろ。
 お前のドリルは天を突くドリルなんだよ!




…とまあこんな感じで続きます。
ついて来られる人はいるのか?






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何でこれほどまでに魅力的なのか不思議。