2008年06月13日

仮面ライダークウガ・6 サムズアップ

 クウガの話でどうしてもはずせないのが、親指一本立ててサムズアップ。

 このポーズには好き嫌いがあるだろうし、私はつい昔のアニメ「銀河旋風ブライガー」とか思い出して「イェーイ」とか言いたくなるのだけど(笑) …実はブライガーの時からあのポーズはほんのちょっと寒いモノを感じていたので、正直あまりサムズアップというポーズそのものについては「カコイイ!」とは思わない。思わないのだけど、劇中のサムズアップの使い方はよかった。
 小学生だった五代少年に、このサムズアップを教えた小学校の先生の話が私は好きだ。こういう事を子供に、ちゃんと教えられる大人になりたいもんだと思う。

 自分の行動に、責任と賞賛を持てるということはどれ程大切なことだろう。それは自分自身に誇りを持つと言うことに繋がる。
 当たり前だがどんなに外面を取り繕っても、自分自身に嘘を付くことは出来ない。つまり自分のハートに問うて「それでよし!」と言えないとサムズアップは出来ないということだ。まあいいや、ではダメなのである。

 自分のしたことを己のプライドを持って支持するという行為は、実は非常に人間性の芯の部分を問われることになる。自分にとって、人にとって、「本当に心から【よい】と言えること」とはいったい何なのだろうか。一片の誤魔化しも嘘もなく、自分を褒めることの出来る行為。まるで道徳の教科書のようで、どう考えても綺麗事のようで、そんな言葉でつい誤魔化してしまっている、とても大切な精神がハートの奥に眠っている。
 それに向き合うのはとても勇気が要ることだ。なかなか真似が出来ないかもしれない。しかし私達は五代雄介の言動の中に、真っ直ぐに自分のハートに向かっていきている理想の姿を見ることが出来る。

 あの多くの命が危険にさらされ、自分の生と死を賭けたグロンギとの戦いの中で、五代がサムズアップ出来る生き方がクウガとして戦うことだったのだろう。

 私は人の強さとは、ハートの強さだと思っている。そしてそのハートを支える意志の顕れ。それこそクウガのサムズアップではないかと感じる。
 別に巨悪と戦わなくてもいいのだ。小さな事でいい。全身全霊を持って自分の行いを「よし」と言えること。それを積み重ねていくことが、自分自身の心に栄養を与える。昨今の薄っぺらい、ニューエイジやスピリチュアル系で言われる「もっと自分を好きになりなさい」なんて言葉は、本当にいい加減だ。むしろこういった小さな自分への栄養を与えていく行動こそが、自分を好きになる近道ではないかと私は思う。表面的に自分を好きになった気になったとしても、ハートは誤魔化せないから。(まあこの辺はもうちょっと複雑な要素もあるんだけどね…)

 五代のサムズアップは、みんなに広がっていく。その大切さ、生き方の素晴らしさにみんなが影響される。そして明るさと他愛心に満ちた心が、みんなに笑顔をもたらす。

 クウガの物語が終わったあと、五代は旅立ったが、彼の残した足跡は物語に関わった人、全てに残った。

 そして去っていった五代を、共に戦い苦しみを分かち合える友が待っている。

 後に残されたのは、抜けるような青空だ。







仮面ライダークウガ考・了









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やはり名作、と言っていいんじゃないでしょうか。

2008年06月11日

仮面ライダークウガ・5 クウガの涙

 人の優しさを保ちながら戦い続ける五代。その優しさ故に、初めてクウガになったときは白い姿の変身だった。拳を他人にむけることを誰よりも嫌う彼が、その痛みを自分の胸にしまって戦い続ける。

 更に追い打ちをかけるように、憎しみなどの負の心が、クウガを邪悪な戦士に変容させてしまう可能性が出てくる。

 この辺はスターウォーズのフォースに似ている。…実はこうしたモチーフはSF作品が最初ではない。むしろ古今東西のオカルト系教義や宗教に伝えられている話なのだ。聖者の転落とでも言うのだろうか。ある特殊な力を極めた人間が試されるテストであり、それに失敗すると結果は最悪。昨今取りざたされた、新興宗教の教祖達が起こす事件を思い出してみて欲しい。
 これは宗教だの超人だのだけが関わるのではなく、全ての人が等しく試されていることなのだ。負の心を持ったまま力を与えられると、それは破壊を導く。イジメとか、虐待とか、その例はいくらでも挙げられるだろう。

 ああ、話がそれた(笑)つまり真の敵は実は己の中にある。憎しみで戦うのではなく、愛ありきで戦う。人々を守るために。そしてそれこそ、ヒーロースピリッツなのだ。

 身と心を削るような戦いの日々。ラスボスは、丁度ネガとポジのように対極にある相手、ダグバだった。彼は殺戮を楽しみ、笑う。
 最後のダグバとの戦いで、五代は涙を流す。いったい何の涙なのだろう。
 解釈は色々だろうが、私は「戦うことそのものへの葛藤」なのではないかと思った。そもそもグロンギがテロを仕掛けなければ、クウガ・五代の戦いもなかった。話して分かる相手なら説得すればいいかも知れないが、その余地すらなかった。ただひたすら、人を守るために戦い続けたのである。
 その根本に愛があるからこそ、五代は凄まじき戦士になることはなかったが、だからこそ大きな矛盾があるのだ。何故なら話し合いの通じない相手との戦いは、どちらかが消滅するまで続くからである。消滅とはすなわち、自分と異なる存在の否定。それは愛を基本姿勢に持つ五代にとっては、それは己が二つに裂かれるような事実だ。
 守れなかった命への後悔。理不尽に人を殺す相手の残虐性への怒り。戦うという行為そのものへの疑問。そんなものを通り越した、ただ「何故?」という思い。

 理解したくても理解出来ない相手へ、戦いの疑問・悲しみそのものをぶつけるクウガ。その葛藤が涙となり、仮面の下に流れるのを知るものは、恐らくごく少数なのだろう。いや、本当の意味で「知って」いるのは、共に戦い続けた一条刑事と桜子さんだけかも知れないと私は思う(妹ですら五代の庇護の対象であった)。






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うおおおおお、これはなんと

2008年06月06日

仮面ライダークウガ・4 五代と一条

 クウガの戦いは、超人であるが故の孤独と隣り合わせだ。しかし彼には理解し共に戦ってくれる者がいた。それが合同捜査本部に配属になった一条刑事だろう。
 物語の序盤、五代と一条は互いの生き方に共感を覚える。彼らの共通点とは何だったのか。彼らは自分のことよりも、今すべき事、しなくてはならないことを優先する人間だ。それは責任感であり、他愛心である。しかし多分それだけではない、何かシンパシーを感じたのではないかと思う。この人間は信頼に足る男であり、全力で自分のことを信じ支えてくれる人物なのだと、分かったのではないだろうか。
 最も近くでクウガを知り、共に戦う中で、一条は五代の苦しみを誰よりも理解していた。五代が笑顔の下で大きなプレッシャーを抱え、生と死の狭間でより強大な力を得ていく様を、全存在的に肯定し、最大限の努力で支える。

 どんなに優れた能力があり、どんなに人から賞賛されていたとしても、人は己の「負」の部分を癒せる対象がないと、その力を維持することは難しい。「負」の部分が全くない全能の存在であればそんな必要はないのだろうが、人である限りそれはついて回るだろう。完璧なヒーロー像である五代雄介でさえ、それはあったことは先日書いた。負はそれを内に溜めることで蓄積する。だから少しずつでもリリースする必要があるのだ。五代にとって一条が支えであったのは、対未確認の戦いよりも、むしろメンタルな部分であったろう。
 ダグバとの戦いに赴く五代に、一条は辛い遠回りをさせてしまったことを詫びる。それに五代は「これでよかった。一条さんに会えたから」と答える。喜びを分かち合う人に出逢うことは比較的たやすい。しかし苦しみや悲しみを共鳴しあえる相手に出逢えることは、幸せなことではないだろうか。

 実際こういう人間関係があり得るのか、というと、非常事態での物語故の究極のつながりではあるかもしれない。(蛇足だが、これは「仮面ライダー龍騎」の北岡と吾郎の関係もある種通ずるものがあると思う)人はカウントダウンされる死を前にして、大切なものにコミットするのだ。
 五代と一条の関係が魅力的に映るのは、そこに理想のパートナーシップを見るからかもしれない。

 まーしかし、だ!そんな理屈抜きにして、かっこいいんだよねえ、一条さん。あの白いコートとか萌えなんだよねえ。さらさらしたストレートへアもいいよねえ。射撃の名手ってのもポイント高いよねえ。などとちょっと萌え語り(笑)





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2008年06月03日

仮面ライダークウガ・3 合同捜査本部

 クウガの主人公・五代は、かなりオーソドックスなヒーロー像だが、独特なのはその風貌というか、ひょうひょうとした雰囲気にある。従来のヒーローは熱血系であったのに対し、むしろ一見クールなほどにあっさりしている。彼は淡々と「みんなの笑顔のために」「俺はクウガだから」戦う。彼にとって、その行為は当たり前で自然なことだから、そうするのだろう。
 むしろ熱血ヒーローというなら、合同捜査本部の警察官の皆さんの方かも知れない。私は彼らが非常に好きで、あの警察との連携がなければ、クウガの物語にここまで惹かれなかったかも知れないと思うほどだ。

 彼らはクウガのような特別な強さはなく、生身の人間だ。

 当然直接グロンギと戦うことは出来ない。グロンギの強さは圧倒的で、通常の拳銃等ではとてもじゃないが歯が立たない。結果としてクウガのサポートと言うことになるのだが、それでも非常に危険な戦いであることには間違いはない。
 非力な武装で、それでも警察官はグロンギに立ち向かう。市民の平和を守るのが警察官の使命だから。確かに戦闘レベルは著しくクウガに劣るのだが、そこに流れる精神は全く変わらない。

 BTCS(クウガの二台目バイク)が届く33話が私は好きだ。あの話で、クウガの存在が正式に合同捜査本部に認められるからと言うのもある。クウガの数あるエピの中でも名シーンが多いのだが、私が一番好きなのは、拳銃を構えた桜井刑事達が「ここは絶対に通すな!」と、グロンギのゴ・バダー・バ(暴走バッタ怪人ですな)を迎え撃つところ。割とさらっとしたシーンなのだが、彼らの熱さを感じるからだ。それまで犠牲になった警官の描写もあり、否応なしに見ているこちらも熱が入ってくる。あと、序盤の警察犬のエピも好きだな。グロンギの居場所をかぎつけて、殉職してしまった警察犬を抱えて泣く訓練士の姿にはもらい泣き。くそっ 血も涙もないのかよグロンギは! >>ないですよ
 科警研の榎田さんとか、杉田刑事、桜井刑事などのメインキャラの他、クウガの物語では名もない多くの警察官が、グロンギの驚異から市民を守るために戦う。終盤彼らをグロンギは「リントの戦士」と呼ぶが、まさにそうなのかも知れない。しかし、彼らは楽しみで戦うのではない。守るために戦うのだ。

 関係ないけど、クウガでウザいと言えば榎田さんの息子の話になってしまうわけだが(笑)あそこはやはり、おばーちゃんに頑張って頂きたい。母の仕事の素晴らしさを誇りに思えと、孫に諭してやって欲しいところだよね。






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2008年05月31日

仮面ライダークウガ・2 愛と戦い

 人々の笑顔を守るため、クウガとなって戦う五代。
 元来の自分の姿でないものに「変身」して、果ての見えない決死の戦いに挑む。

 戦うことは、元来の五代という人物の「好きなこと」ではない。彼は自由であることを何より愛し、あちこちにふらりと出かけてしまう自称冒険家。たまに帰って来ても、桜子さんの研究室の窓から入ってくる程度には常識の枠を超えた男だ。
 そんな彼が、大好きな冒険を後回しにしてしたことは、最も嫌い(と思われる)戦い、それも相手を完全に消滅させる戦いである。自分の笑顔をすり減らして、人のために戦う行為が、五代にとってどれほどのストレスであったことか。

 話はずれるが、ちょっと違う視点でこのことを見てみたい。
 愛とお金というのは似ている。愛は無尽蔵に見えて、実はそうでもない。一人の人間が、一度に放出出来る愛は限られている。しかし、日々の生活の中で愛情もギブ&テイクがあり、それなりに宇宙と惑星の具合により(ちょっと話が怪しい方向ですが、実は私は占星学の勉強してたのだ・笑)外部からの補給もある。この辺は給料や商いと一緒だ。
 これが常にプラスで決算されていればいいのだが、たまにマイナスになることもある。そうすると人は落ち込む。恋人同士に例えると分かりやすいのだが、ラブラブの時はいくらでも尽くしてそれが楽しかったのだが、あまりに片方がその愛情にあぐらをかいて、愛情のギブ&テイクを怠ると、尽くす側は見返りのなさに段々と愛情がすり減ったり、最悪の場合は自尊心が損なわれてくる。つまり愛の借金状態。愛は無償のものであり見返りを求めてはならない、なんて誰が言ったのか知らないが、実際はそうはいかないものだ。
 ただ、この「見返り」がなくてもかなりの愛を放出出来る人がいる。それは基本的な愛の基盤がデカイ人だ。資本金が多ければデカイ商売が出来るのと同じだろう。ある程度のエネルギー・キャパがあれば、無償でも奉仕が出来たり、エネルギー不足を起こしたときも他で補填したり、人からの感謝を自分のエネルギーに変換出来たりする。

 五代は間違いなくそう言うタイプの人間なのだが、余りにもあてがわれた負担は大きかった。それは深い悲しみとなって己の心に蓄積する。
 しかし頑張っているのは五代だけではない。「クウガ」の世界では、総ての人が自分の出来る限りの「ちょっとの無理」「あともう少しの頑張り」を己に課して戦い続けるのだ。
 ちょっと一足飛びに最終回の話になってしまうが、「クウガ」の最終回は決戦ではなく、ひたすら後日談で終わっている。批判もあるが、私はあの最終回は必要だったと思う。彼等の背負った大きな負担は、癒されるべきだと思うから。



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2008年05月30日

仮面ライダークウガ・1 ヒーロー

 今更、私が「仮面ライダークウガ」という作品について語る余地があるのか、甚だ疑問ではある。
 放映され、大反響を呼んだのはもう8年も前。恐らく語り尽くされているであろうし、私の知らないことも多いのに、そこで語ることはないように思える。が、決して端折ることの出来ないマイルストーン的作品だ。
 実は私は龍騎をリアルタイム視聴したあと、遡ってアギト、次にクウガを見た。しかしその作品の素晴らしさは、年月や後続作品を経ても尚、褪せることなく輝いており、否応なく引き込む魅力に満ちている。

 クウガでのヒーロー像というのは、とりあえずクウガこと五代雄介一人に絞られている。彼は非常に人として優れた人物で、不言実行の行動力と抜群の記憶力、そして全ての人に惜しみなく注がれる優しい心を併せ持つ。その辺の聖人君主ぶりが、ある種のアンチを生み出してしまったのは惜しいと思うけど…  (だが、こういう人としての完成型は「自分もこうなりたい」と心の底で誰もが願う姿のはずだ)
 誰よりも優しさを持った彼が、何故戦うのか。その理由は、彼が劇中たびたび口にする「だって俺、クウガだから」に尽きるのではないだろうか。

 問答無用で人を惨殺するグロンギという怪物たち。何故彼らがそんなことをするのか、その目的は何なのかは、物語が進むに連れて明らかにされるが、そんなことは二の次の問題だ。事実として多くの人が、目の前で、殺されている。
 もしもその脅威に対抗出来るのが、自分だけだとしたらどうだろうか?あなたはグロンギに、勝つ見込みが100%あると限らない戦いを挑むことができるだろうか。
 自分が為すべき事を受け容れ、決意する。五代は「みんなのために自分が戦うべきなのだ」と、自然に、しかし強く感じられたのだろう。クウガの姿が最初、白かったのが、燃えさかる教会で赤く変化するシーンは象徴的だ。そして決意したからには、徹底して戦う。クウガだから、と笑顔で答える。

 五代は最初から「ヒーロー」であった。ヒーローとしての心"ヒーロースピリッツ"が備わっていた。その戦いにはヒーロースピリッツを持つが故の純粋な動機があり、敵に立ち向かっていく態度は真摯ですらある。
 そして「仮面ライダー」という伝統的ブランドに培われた、古き良きヒーロー像が、21世紀に鮮やかに蘇るのだ。

 クウガについて、つづく。




仮面ライダークウガ 特別篇


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国内盤 DVD
発売日: 2001/10/21
組枚数: 1
規格品番: DSTD-02036
カラー ステレオ 60分\[画]ビスタ [字]日
内容:EPSODE1&2\〈映像特典〉EPSODE50「乙彼」/5月12日「仮面ライダークウガ特別篇発売記念イベント」内トークショー
原作:石ノ森章太郎 出演:オダギリジョー他