2008年07月02日

仮面ライダーアギト・6 邂逅

 三人のライダーは、最初、互いの存在を知らない。当然お互いの正体も知らない。それが物語が進むにつれて、アンノウンとの戦いを通じてそれぞれが出逢う。そもそも第一話のキモは、G3とアギトの出会いが最大のクライマックスだ。

 アンノウンとの戦いでライダー同士として出逢い、「あかつき号事件」「アンノウンの目的」などの謎解きを通して、人として出会う。単純に人を助けようとするアギト。ライダーとして人を助けつつも、警察官としての任務も遂行しなくてはならないG3。運命に翻弄されつつ孤独に戦うギルス。彼らはお互いの立場をよく知らないが故に、なかなか共闘できずにすれ違う。
 同時進行で進む人物描写では、主に脳天気でマイペースな翔一に、クソ真面目一本気の氷川が調子を狂わされ、彼らに個別に絡んでくる涼は、寡黙でぶっきらぼうな謎の男。

 それぞれが人間関係を少しずつ深め理解し合う過程と、ライダーとしてすれ違う過程が同時進行で描かれる。見ているこちらはヤキモキするのだけど、そこを丁寧に描いているところがアギトというドラマの美味しいところでもある。そして彼等にはそれぞれ繋がりを持つ人々がいて、その人間関係も複雑に絡んでくる。
 だからこそ、ようやく翔一の前で変身してみせる涼のシーンに燃えたり、アギトの正体が誰だか分からずに一人ぐるぐるしている氷川が面白いのだ。

 アギト・ギルスという「人でないもの」「しかし誰よりもヒューマニティを持っているもの」が、人間であるG3と、同じ思いで共に戦う姿に感動を覚えるのは私だけではないと思う。
 立場も考え方も違っているが、そこに貫かれているヒーロースピリッツは強く輝きを放つ。
 迷う者、追う者、憧れる者、様々な人々が彼等の輝きに何かを見出す。

 アギトはアギトとして戦い、G3は人として戦い、ギルスは自分として戦った。
 全ての命が「生きる」ために。
 彼等の放つ輝きは祈りだったのか、希望だったのか。
 神の問い掛けに、人は応えることが出来るのだろうか。

 …きっと、できるさ。
 そんな神の使徒の微笑みと明るい人々の笑顔で、この物語は締めくくられるのだ。






仮面ライダーアギト考・了





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2008年07月01日

仮面ライダーアギト・5 仮面ライダーであろうとした男、なり損ねた男

 クウガに始まり、現代に蘇った新しい仮面ライダーの形を模索してきた平成ライダーシリーズ。その二代目の「仮面ライダーアギト」を盛り上げた第4のライダー、アナザーアギト・木野。私は彼の登場は、シリーズのターニングポイントではないかと思っている。
 
 彼は最愛の弟をその手で救うことが出来なかった。それは大きな心の傷となり、「全ての人をこの手で救う」という強い願望…というより執着になってしまう。「自分が救うのだ」「俺が救わねばならない」との思いの強さ故に他者を排除しようとさえする。
 それまでもアギト、ギルス、G3が戦うことはあった。しかし基本的に彼等は正義の味方であり、互いの立場の違いと異形故に、誤解と行き違いで戦っていたに過ぎない。しかし、アギトやギルスに対するアナザーアギトの戦いは、誤解ではない。明らかにエゴ故の排除、自らの主義主張を貫くが故の攻撃だった。

 しかし三人のライダーと出会って、彼等との戦いを経たことで「人を救うのだというエゴ」から、真の正義、より深いヒューマニティを獲得する。その時初めて、彼の魂は救われるのである。
 何度も夢に見てうなされていた、弟との死別。彼は死を前にした幻の中、雪山を弟と共に歩む。自分は人を救うことが出来るのだという手応えと、心からの安らぎが、そこにあったのだろうか。

 彼の存在は、「仮面ライダー」というヒーローのフォーマットに一つの大きな可能性を作ったと言えるのではないか。制作者がそれを意図したか否かは別として、彼の戦いをより深く劇的に創り上げたのが、三作目に当たる「仮面ライダー龍騎」であったと言えるかも知れない。
 エゴと戦い。エゴと正義。戦うこと自体がエゴイズムとも言えるのだが、じゃあエゴに振り回されて戦って、そこに待つものはなんなのだろうかと。それを超えて輝く正義とはあるのだろうかと。



 ついでに言えば、「アギト」には「仮面ライダーになり損ねた男」が二人いる。北条と尾室だ。

 北条は警視庁のエリート。どちらかというとG3チームの敵役であり、嫌味連発のヤな男というポジションだ。それでも何故か回を重ねる毎に愛されていったのは、その根底には警察官としての正義感と強い意志に溢れてた描写がされていたからだろうか。また、彼の持つ独特のセリフ回しの面白さは、小沢澄子との掛け合いもあって「来た来た」とちょっと嬉しくなる。
 尾室は小沢曰く「まぎれもなく凡人」なのだという。しかし重要プロジェクトであるG3チームに選ばれているのだから、本当はエリート街道を走っているはずだ(笑)(尾室が凡人なら私なんぞはさらに凡人の極みなのだろうが…)でもあの濃いキャラだらけのアギトに置いて、どちらかというと薄味で目立たない。そう言う意味で単に「普通」な男だったのだろう。ただ、私は個人的に彼を応援していて、SP版でG3マイルドで頑張ったのはとても嬉しかった。ついつい身を乗り出して応援してしまうシーンだ。

 北条も尾室も、「ライダー」にはなり損ねたが、最後まで立派に戦っていたと思う。
 超人には超人の戦いがあるように、普通の人には普通の人の戦いがあった。常に最前線で戦う三人のライダー達に嫉妬や誤解をしつつ、天才・小沢にはキツいツッコミをされつつ、常に彼等のベストを尽くしていたのを私達は知っている。
 最終回で、笑顔の彼等につい嬉しくなってしまうのは私だけではないはずだ。





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G3マイルドってネーミングは味わい深いよねえ

2008年06月25日

仮面ライダーアギト・4 仮面ライダーになってしまった男

 さて、ついにギルス・芦原涼です。

 そもそもギルスってなにさ?っていうのは最後まで本編では語られてはいない。しかしある程度推測することは出来る。言うなれば神の遺伝子を与えられたアギトの「亜種」「突然変異」「不確定要素」と言ったところだろうか。完全にアギトとしての力を覚醒させているわけではなく、その異形ぶりは獣のようであり、体を変化させることで己の肉体が蝕まれる。人でもなく、アギトでもない。ある日、不幸な事故がきっかけでギルスに覚醒してしまった涼は、己のアイデンティティと生きる道を求めて彷徨う。
 この辺のモチーフは、如何にも石ノ森章太郎キャラっぽい。人でもなく機械でもないサイボーグ009とか、不完全故に善と悪の間を揺れ動くキカイダーとか。このギルス涼には石ノ森キャラ特有の、異形故の哀しみがついて回る。



 それにしても涼は不幸だ…



 将来を渇望されていた才能豊かな水泳選手だったのに、その夢をたたれ、信頼された人には裏切られ、愛した人は去っていき、親には死なれ、体はボロボロ。何故ここまでと思うほど、彼は劇中で不幸を背負いまくる。ついには何度か死を経験する。
 それほどの試練の中で、涼は一度も自分の運命の不幸を人のせいにすることはない。彼は常に自分が立ち向かうべき運命を、自分に与えられたものとして最善を尽くそうとする。その姿勢はただ「立派だ」と言うには壮絶すぎるかもしれない。選ばれた進化種でもなければ、普通に一般にとけ込める人間でもない。そんな孤独の中でも彼は常に人として最善の心を保ち続けたのである。

 アギト翔一が記憶喪失になっても自然体でいたのに対し、涼は昨日まで自分が持っていた記憶とアイデンティティを、ギルス覚醒により強制的に切り離されたことで苦悩する。彼の体が急激に老化したり肌がボロボロになったりするのはその象徴かも知れない。しかし彼は、今ここにある自分を信じ、前進しようとする歩みを止めることはない。
 G3装着員である氷川が常に周りの人々のバックアップの中で戦っていたのに対し、涼は常に孤独だ。しかし彼は、例え愛する人に去られ自分の体が変身によって朽ちようとも、目の前で襲われている人を助けることに躊躇しない。アギトである翔一、G3である氷川とは、全く異質でありながら、胸の中にあるヒーロースピリッツに反する行動は決してしない。
 そして涼は、いつしか孤独ではなくなっていく。彼の生き方は人の心を動かす。そしてアギトの種を持つ人々の助けをもらい、神の使徒たる人物に見守られる。孤独と反目の中で戦い続けていた彼には、いつしか深い結びつきを持つ仲間が出来るのだ。




 案外私たちに、一番近いのは涼なのかもしれない。もちろん突然不気味な生物に変化することはないだろうが、ある日突然の思いもよらない変化は、私たちをいつ襲うとも知れないのだから。

 涼を見ていると思う。
 自分は今まで積み上げていたものが崩壊するほどの現実に晒されたとき、誰に責任転嫁することも自己憐憫にひたることもなく、己のハートの示す道を歩めるだろうかと…





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俺は不死身だ!

2008年06月24日

仮面ライダーアギト・3 仮面ライダーになりたかった男

 さて、アギトの二人目のライダー、G3。装着するのは氷川誠。

 彼はアギト翔一とは正反対の性格と言えるだろう。例えて言えば「ひたすらまっすぐ」。どんな状況下においても、まっすぐ。強い責任感と正義感、真面目である意味堅物。融通は利かず不器用極まりなし。彼はその性格故に度々落ち込み、ジレンマに悩んでいる。
 しかし逆に、この「仮面ライダーアギト」というドラマの中で一番ヒーローらしいのは、この氷川ではないかと思う。彼がその一本気で狭い視界の先に見ているものは、常に人を救うことであり、その為に犯罪と戦うことだ。クウガにおける合同捜査本部の精神を、一番遺伝子的に引き継いでいるのが氷川だろう。

 一通り通してこの番組を見たことのある人なら解るだろうが、アギトの物語は、神の領域の物語だ。
 究極の存在からアギトの種を植え付けられた人間が、その自己存在を賭けて神と戦う話なのである。(モチーフ的にはデビルマンにも似たものがあるが、遙かにこちらの方がポジティブだ・笑)アンノウンが、人を殺すときにする、手の甲をいじる妙なポーズ。あれは「神が愛した人間を殺めることへの贖罪のサイン」なんだってさ! …ソースは2ちゃんねるの特撮!板で随分前に読んだっきりなので、本当かどうか確かめようもないけれど、それを読んだときは思わず心のへぇボタンを押した(ちなみに98へぇくらい)。もしも本当なら、このポーズはちゃんと一話から見られるので、如何にこの設定を作り込んで物語を考えているか解るというものだ。

 面白いのは、そこに「"ただの人"は人としてどうするのか?」が加わっているところだろう。その代表が「ライダー(アギト)になりたかった男」氷川とG3チーム(と、北条さん・笑)だ。

 G3は残念ながらアギトの物語では「へたれ」と言われている。G3-Xになってからは大分ヘタレ度は減ったけれど、それでもその戦闘力に置いてアギト・ギルスとは大きな隔たりがある。それでも氷川は、アンノウンの通報があれば現場に駆けつける。
 人を人として守るため、知力と技術の全てを注ぎこみ完成されたG3システム。それを装着する氷川の目的意識には、一切のブレはない。不器用故に一途。それはG3システムを、装着しているか否か、ではないのだ。例え生身であろうとも、恐らく氷川は犯罪やアンノウンに挑もうとするだろうし、実際そうしている。
 彼の胸の内には、人々を守ろうとする心が、常に炎のように燃えているのだろう。それこそヒーロー・スピリッツであり、人を善へと動かす最大にして最高の動機である。

 「彼を誰だと思っているの、氷川誠よ?!決して逃げたことの無い男よ!」という小沢さんのセリフは大好きだ。まさに氷川のことだと思う。
 そういうキャラが「人間」を代表するキャラとして描かれているのは、アギトのラストが「人間の可能性を信じる」ことで幕を閉じたのに通じているのではないだろうか。





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2008年06月18日

仮面ライダーアギト・2 仮面ライダーになった男

 恵比寿の〜観世音 仮面ライダーAGITΩ!♪



 というわけで、アギトでございます。メインヒーローであるアギトに変身するのは、記憶喪失の天然男・津上翔一(仮)。
 そもそもこのアギトという存在は、如何なるものなのか。たった一度ビデオを通してみただけの私が理解出来た範囲では、人の進化すべき姿のようだ。ただし、その種はまだ人々の一部にしか芽生えていない。もしかしたらアギトは新しく産まれる子供の間ではどんどん増えるのかも知れないし、遺伝子の具合によっては永遠に平行線なのかもしれない。そんな難しい話はとりあえず横に置いといて、今回は津上翔一の話をしようと思う。

 彼は一貫して、自然体の天然タイプとして描かれている。自然を愛し、人を喜ばせるのが好きで、常に今現在の「あるがままの自分」を受け入れて生きている。その辺が一番はっきりと描写されたのが、「G3-Xへの装着には無我の境地でなくてはならない」という下りで、それが唯一出来たのが翔一だった。

 アギトとは人の進化の形、と私は書いた。つまり、劇中でアギトとして目覚めた翔一は、すなわち人が「こう生きることが出来たら幸福だ」という、一つのひな形として描かれているのではないかと思う。

 彼は過去に囚われない。それは「記憶喪失」というキーワードでも例えられている。
 私たちは、自分がどれ程「過去」というしがらみに縛られているか自覚しているだろうか。所謂トラウマというのもそうなのだけど、幼い頃からの習慣や育てられ方で、多くの心の枷を自らに架しているのだ。それは驚くほどの拘束力を持っている。「したいのに出来ない」とか「解っているのに動けない」などと言うことの大抵は、過去からの拘束だ。しかし、過去からの積み重ねた時間は、人に安心感や安定感を与えてくれるのもまた事実。人は過去の経験を照らし合わせ、「こうしていれば自分は安心」というマニュアルを大脳が自動的に作り出しているのだから。
 では翔一はどうか、というと、過去がないことに自由を感じ、常に新しい自分であることに喜びを感じている。過去がないことに不安がない。それは「自己存在が、自らのアイデンティティに頼らなくてもいい」という状態でもある。「自分が今、ここにいるんだからそれでいいぢゃないの」ということだろう。だから前後のつながりとか状況とかあまりおかまいなしに、アンノウンによる危険をピキーン!と察知したら(ニュータイプかよ!と思ってしまう・笑)、後先のこと考えずに「今、自分がすべきこと」として走り出すのかもしれない。

 この「今この瞬間に生きる」というのは、禅的な考え方でもある。自分の100%を過去ではなく、今だけに集中させるのはかなり困難なことだと思う。瞑想してみるといい。そらもう沢山の雑念が湧いてきて面白いよ(笑)雑念とは、過去の積み重ねが生み出している心の雑音だ。つまりそれだけ多くの雑音に、私たちはエネルギーを費やしていると言うことなのだろう。


 しかしアギトの世界では、人の進むべき姿として翔一というキャラクターが描かれた。
 それは確かに人の意識進化の一つの形でもあるだろう。

 果たして、人はあるがままの自分とあるがままの状況を受け入れ、その中で自然体の自分を保ち続けることが出来るようになるのだろうか。






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サーフィンみたいだったよね、これ

2008年06月17日

仮面ライダーアギト・1 序

 さて、クウガのあとはアギトですか。


 この作品について私があれこれ言う余地があるのか、心底疑問なライダーではなかろうか。全く同じようなことはクウガ編を書くときにも思ったけど、今回はクウガ以上にそう思う。
 まず、物語の基本設定・成立している世界がきっちりと作られている。そしてその世界観は非常に神秘的な上、ちゃんと物語で語られており、これ以上の考察はいらないと思われる。尚かつ、それらについてプロデューサー自らが饒舌に語っているらしい(笑)

 だからさ、それ以上に話すことなんてあるんだろうか…

 とりあえず何かとっかかりを…ということで、物語の主役である、三人のライダー達について考えることにした。何故なら仮面ライダーアギトの画期的なところは、それぞれタイプの違う三人のライダーが出てくるところだろうから。
 アギトの三人のライダーについて、非常に有名で簡潔な例えがある。これは確かプロデューサーの言葉じゃなかったかな。

 翔一/アギト…仮面ライダーになった男
 氷川/G3 …仮面ライダーになりたかった男
 芦原/ギルス…仮面ライダーになってしまった男


 このG3の「ライダーになりたかった男」には北条さんも含まれるんだろうかなあ…などと思いつつ、一人一人、考察していきたい。天然で自然体、究極の前向き男の翔一。真面目で正義感に溢れ、意志の強い氷川。何度傷つき倒れても、不屈の精神で立ち上がる芦原。彼ら三人に色々な人々がからんで複雑に物語は紡がれる。しかも光と闇の戦いという、神の領域のオチまでついている。
 私は一通り全てのエピソードを見て、それなりに思うことはあれども、制作スタッフの談話等は一切読んだことはない。だからかなり的はずれな物語の読み込み方をしているかも知れない。
「それはちがうんじゃねーの?」と思ったら、是非とも遠慮なく指摘して頂けると助かります(^^;;;





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特撮ヒーローの歴史、みたいなすごい内容だよこれ(汗