いきなり総集編が始まったかと思ったら、超高速のナレとカット割りで数分で終わって本編がスタート、OPが新しくなるのだ。
ここからあれよあれよの怒濤の展開が始まるとは、「総集編もアバンで終わる!」の早口ナレに爆笑していた時は予想だにしなかった。
まるでスポンサーの意向でプロデューサーと脚本家の首がすげ替えられたみたいだ(笑)
バトルものでキャラ達が持つ「不思議な力」について、常々あまり深く語られる事はない。「修行したから」「持って生まれたものだから」「そういうエネルギーが存在しているから」というように、基本設定の一部だからだ。
だからあまり、この「キルラキル」における「生命戦維」というものについても深く考える人は少なかったろう。むしろ、濃いキャラや喋るセーラー服のインパクトに押され、主人公の過去とかライバルの意図など「それ以前に語られるはずの部分」をスカッと無視した展開もあって、よくある超科学の一種だろうな〜くらいに脳内で処理していた。
それがここに来て「実はエイリアンでした」というとんでもない設定が明かされる。
それにしても実に良く考えられた設定だ。感心するより驚かされた。「服」という言葉の持つ意味、着るのか着られるのかというだけではない、それを服すのか服されるのかという文字の持つ意味を改めて問いかけられたすごい設定だ。(…これってどうなんだ?海外の人にはここまでのニュアンスは伝わるんだろうか?)などと、余計な心配までしまう程には、漢字文化で培われた感性を必要とする驚きだ。
赤くて太くてデカいロゴで、ずいぶん文字力を強調してくるアニメだなあと思ってはいたけれど、こんなところでその深みを感じさせられるとは思わなかった。いや、「服」を題材にして戦うという設定を使って、色々と「よく出来ているな〜上手いな〜」と感じさせるところは何カ所もあった。けど、ここまで「服」という字の持つ意味を根本的な設定に埋め込んでいるとは予測していなかった。
話が一気にラストに飛んでしまうけれど、戦いの終盤、敵の驚異的な力に「絶対服従」というのががある。それまで生命戦維だの極制服だの襲学旅行だのと、やたらと変換が面倒くさい(笑)当て字的な文字遊びが多用されていたこの作品の中で、この「絶対服従」だけは何の遊びもない。赤い太いロゴで「絶対服従」という文字が画面に鎮座した時、とんでもないインパクトを感じた。これぞモヂカラだ!(@シンケンジャー)
生命戦維の謎が語られたのが第十六話。さらに第十七話から皐月と四天王達の真の目的が明らかになり、そこからは毎週毎週が手に汗握る予測不能の展開が待っている!
「キルラキル」の構成はお見事、としか言いようがないものだ。前半で描かれていた色々な要素が、ここに来てようやく納得できるようになっている。皐月の戦いの中での微笑みや「鴻鵠の志」がなんなのか。本能字学園と極制服の存在の意味とは。黄長瀬襲撃の理由と反制服運動の目的、なぜそれがヌーディストなのか… 十八話くらいまで見た後で、最初の方を繰り返してみるとまた発見がある。前半のドタバタした展開と熱苦しい雰囲気に、飲まれ巻き込まれるように流されていたものの中に実は意味があったのだと気がつかされるわけだ。
物語は巨大な敵を目の前にして否応なく盛り上がっており、新たに出てくる新事実が見方を逆転させる。
皐月は臥薪嘗胆を胸に秘め、全ての事柄をただひとつ世界の変革のため、呪われた鬼龍院家の業を絶やすために、己を鍛え仲間を集めその時に備える鋼の意志を持つ人だった。四天王と裁縫部部長の伊織、その叔父で執事の揃だけがその意思を知り、そして全力で支えていた。
そして流子は… 皐月の生まれたばかりの時に死に別れた妹であり、そして人ではなかった。
「ただ喧嘩をしていただけ」だと、流子は思っていた。
服がエイリアンだとか、そんなことは関係ない。
ただあの高いところから見下ろしてくる女の、あのやり方が気に食わないと。
それがまさか、自分自身が人でも生命戦維でもない化け物だったなんて。
自分ってなんなんだ。なにものなんだ。
そんな主人公の答えに、斜め上から答えを出すのもまた「キルラキル」らしいんだな。
よしよし、ラストが見えて来たぞ!と思いつつ、つづく!