2009年06月26日

天元突破グレンラガン考・10 命

 アンチスパイラル… 彼等は螺旋族であり、高度に進化した知的生命だった。
 螺旋族であるが故にその力を恐れ、決意し、覚悟した。
 それはシモン達にとっては、無限に分岐する進化ルートの一つでもある。
 「有り得たかも知れない」自分たちの未来の姿がもたらした闇に、終止符を打つ。




 [天元突破グレンラガン]の最終決戦について、私が今更何を言うことがあるだろう?

 以前から私は「ラスボスとの決戦において必要なのは、第一に主人公が舌戦で相手の主張に反論出来ること。それもそれまでの物語の展開を踏まえた上で行われること。第二に全力で戦い勝利すること。第三にそれらを魅せる総合的な表現力」だと思っている。その点では、「グレンラガン」の最終回は完璧だったといえるのではないだろうか。
 シモンがアンチスパイラルに向かって叫ぶ台詞は無駄をそぎ落とした高い熱量が漲り、意識と力の拡大で想像を絶する巨大な姿となったグレンラガンも、戦いの中で次々とその装甲が崩され、最後に核であるラガンの一撃で敵を倒す。魂の言葉と魂の技、それを表現し尽くした画とタイミングぴったりに流れる主題歌。個人的には理想の決戦だったと思う。




 しかし、この最終回については多少批判的な意見も耳にした。大きく分けて二つ。

 ・シモンはスパイラルメネシスを止めるんじゃなかったのか、引退していいのか
 ・ニアを助けてやるんじゃなかったのか

 ……これらについて、私なりの考えを書き留めておきたい。




 まず、シモンについて。

 今まで再三書いてきているが、私はシモンの高い螺旋力は「突破力」にひたすら特化していると仮定している。元来「螺旋力」とは螺旋遺伝子が本質的に持っている上昇力のことであり、その現れ方は人により様々なはずだ。が、アンチスパイラルにより弾圧されているこの危機的状況の中で、最も必要とされている能力を持って生まれたのがシモンではないかと思う。
 突破力…とは、裏を返せば破壊力でもあり、シモンがスパイラルメネシスの恐ろしさを最も身をもって感じ取れたのも当然だろう。
 シモンは自らの能力を分かっていたからこそ、「俺の仕事はここまで」と言い切り、後任に全てを任せたのではないかと思う。そもそも総司令として新政府のトップに立っていたときに、自分の向き不向きについては分かっていたはずだ。



 …とまあ、理屈ではそうなのだが。個人的には

 「それが、かっこよさなんだよ」

 というのが、一番納得する答えだったりする。そう言う理屈や理論を超えたところに、答えを見出すのが【グレンラガン的】な気がするのだ。





 そして、ニアについて。



 まず、ニアはそもそもアンチスパイラルの疑似生命体だった。アンチスパイラルを倒すことは、即ちニアの消滅でもある。アンチスパイラルが戦いに敗れたと同時に、支配していた次元宇宙は消えてなくなったわけで、彼等の作り出す「不安定な分子構造」を持った物質や生命も、その本体である母星が消えると長く形を維持出来ないのかも知れない。
 これは「基本的に避けられなかったこと」であり、それを覚悟した上で二人は決戦に挑んでいたのは描写からも明らかだ。


 では、ギミーの言うとおり螺旋力を使えばニアは蘇ったのか?


 まず考えられることは、「そもそも不可能」ということだ。
 四次元以上の世界ならともかく、シモン達は三次元の地球に帰還している。三次元では「時間の矢は不可逆」という物理法則の大前提があり、一度失ってしまったものを再現しようとしても、なんらかの摩擦が起こり完全に元のものに修復することは出来ない。
 螺旋力によって無から有を作り出すことはある程度は出来るかも知れないが、死んだ人間を生き返らせることは叶わなかった。


 もう一つ考えられること。それは「敢えてしなかった」「する必要がなかった」という選択肢だ。
 何故なら「分かっていたことだから」。

 シモンがニアの死を受け入れた理由は色々あるだろうが、「分かっていたことだから」の一言に尽きるのではないだろうか。それが彼等の覚悟だったのだろう。(この辺の決意については、劇場版で再トレースされることで鮮やかになったと思う)




 …これはシモンの心情と言うよりも、作品論になってしまうのだが、私はニアを蘇らせなかったのは正解だったのではないかと思う。個人的にはシモンとニアの幸せを心から祈っていたのだが、作品としては、これでいい。
 「天元突破グレンラガン」とでは、26話のシモンとカミナとの会話や最終回のシモンの台詞など、人の「死」に対して、主人公が一つの答えを見出している。そしてその視点が、作品として「生まれて死ぬ、命そのもの」への賛歌になっている気がするのだ。
 螺旋族として生まれた生命。そこには上昇しようと言う本能があり、運命があり、人生となり、それらすべてが【命】そのものとなる。そこに貫かれた魂は繋がって更に大きな螺旋を描き上昇する。生まれたこと、生きていること、そして死ぬこと。全てを受け容れ肯定してこそ、一人の人間の命なのではないだろうか。




 死を受け入れることで、命を肯定する。
 その人が生まれてきたことそのものを肯定する。
 死というものが終わりではなく、魂として受け継がれていくイメージ。





 だから。それは別れではない。一緒なのだ。




つづく。次でそろそろフィニッシュの予定。








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