2008年10月28日

ウルトラマンメビウス考・3 光の兄弟

 ウルトラマンは神ではない、とハヤタは言う。ではなんなのか。彼等は何故戦うのか。


 「僕が生まれるずっと前、ウルトラマンは人間と同じ姿だったんです。ある時偶然に僕らの一族はウルトラマンの力を手に入れました。それは決して望んで手に入れた力ではありません。でも力を手に入れたと言うことは、果たすべきなにかがあるはずだって考えたんです。守れるものがあるはずだって。あれが僕の故郷、ウルトラの星です。ウルトラの星は地球から300万光年離れた場所にあります。つまり今ここから見えているあの輝きは、まだ僕らの一族が人間だった頃の輝きなんです」



 これは、ミライがリュウに語ったウルトラの一族に伝わる伝説だ。
 非常に興味深い内容だと思う。彼等はかつて人間だったという。ある日与えられたウルトラの力…つまり、もしもその言葉が許されるならば、その力を与えたのは「神」であると言えるかも知れない。又は「その種族を支配している大いなる運命の流れ」とも言い換えられるだろう。彼等はその進化の果てに、ウルトラマンとなったのだ。
 「望んでいないのに」「手に入れた大いなる力」を「守るべき何かのために役に立てよう」と思う、その崇高な精神。いやむしろ、そういう光のスピリットを一つの知的生命体全体が獲得していたから、彼等はウルトラの力を手にしたのではないだろうか。光の力に相応しい心を持っていたからこそ、ウルトラマンになれたのではないだろうか。

 ウルトラマンは神ではない。しかし、人でもない。人を超えた光の巨人。己に与えられた力を、守るべき何かのために役立てようと、命を賭けて敢えて試練の道を選ぶ光の兄弟達。彼等が超人であるのは、その力や能力以上に、心が、精神が、人として最も高度な善の力である「ヒーロースピリッツ」があって当たり前の領域まで高められているからだ。
 彼等は何故戦うのかという質問は、ある意味愚問なのかも知れない。彼等の愛は、闇を貫く"schoner Gotterfunken"※(美しき神々の火花)なのだ。
 何故急にドイツ語を使ったのかというと、私はウルトラ兄弟のことを思う時、どうしても「歓喜の歌」の歌詞が頭の中をちらつくからだ。ここで謳われる「兄弟」が、ウルトラ兄弟に重なる。

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/1179/kasi1.html

 しかし、人類はまだまだこのウルトラマンの意識にはほど遠い。人々は扇動されやすく、身勝手で、何度でも裏切るし、卑怯な手も使う。終盤にその悪役ぶりを発揮したヒルカワのようなキャラが出てきたことは、その一端を示している。
 残念ながら、今の私達がウルトラの力を得ることはない。例え得たとしても闇に堕ち、怪獣や侵略宇宙人になるのが関の山だろう。その辺は丹念に平成ライダーなどによく描かれている。そうした人類の心の闇から目を背けてはならない。

 地球から見えるウルトラの星の輝きは、かつて彼等が人間だった時のものだという。この二重写しの世界の面白味!重なり合う時間の中で、私達はそこに何を見るのか。
 ウルトラマンと怪獣が戦う。そしてそれを見つめている地球の人々。目の前で戦っている二つの巨大な力は、そのどちらかが我々の未来の姿となるかもしれない。我々の心の奥に闇はぽっかりと口を開ける。しかしその上空の遥か彼方、「かつて人間だった頃のウルトラの星の輝き」が地球に何かを語りかけている。

 では、人は人としてどうするのか。





 …サコミズ隊長については、この次になっちゃいました(^^;;;



"schoner Gotterfunken"※…本当はoは上に点が二つつくのですが、表示出来ないためアルファベットのoにしました。






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これできみも、クルーガイズ!

 
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