2008年10月14日

ウルトラマンメビウス考・1 はじまり

 2006年4月、「ウルトラマンメビウス」はスタートした。
 「今度のウルトラは、昭和のウルトラ兄弟の世界と地続き」と聞かされた時は正直驚いた。大丈夫なの?という思いは決して小さくなく、どちらかというと不安感の方が大きかったような気がする。一言で言えば「今更」。
 その前に放映していた「ウルトラマンマックス」は、ウルトラ怪獣は出てきたし、ウルトラシリーズの俳優達の出演も盛り上げたが、完全にパラレルの世界観だったし、オムニバスならではの振幅の激しさが2クール以降に大きな盛り上がりを見せた。だからこそ「狙われない街」や「怪獣は何故現れるのか」のような、【ある意味地続きなんだけど】なエピが可能だったのだろう。
 しかし「メビウス」の場合は完全に世界観からM78星雲の光の国を踏襲するという。番宣CMにはウルトラの父まで登場していた。
 当然、ファンの批判的意見も多い。40周年だからと言って、何故今、ウルトラ兄弟なのか。

 何故この決断をしたのか、私には知るよしもない。スタッフ側のインタビューも、映画のパンフレット以外読んだことはないし、企画書を見る機会もない。だからあくまで推測に過ぎないのだけれど、この決定を下すのはかなりの【覚悟】が必要だったのではないかと思う。もしも失敗すれば、メビウスもろともウルトラの世界観そのものが崩壊しかねないからだ。
 しかし実際第一話を見て、「これはもしや」と思える程良い作品になる予感があった。光の国のイメージの美しさ、風船と共に穏やかにたたずむ青年、確かに伝えられていたウルトラ五つの誓い、光の粒子と共に静かに現れるウルトラマン、そしてそれを歓び、迎える人々。
 コレは本気だと。ウルトラシリーズという偉大なる作品群への強いリスペクトが香る、そんな一話だと思った。
 そしてその予感は、最終回まで褪せることなく貫かれたと思う。

 この第一話で、人間と接することで何かを得るために、地球へと派遣されるメビウス。すでにここで、メビウスは一方的な人類の庇護者ではないことが語られている。共に戦い、そこに生まれる精神を更なる己の力とするために、地球に降り立ったのである。

 よくよく考えてみるとこの設定は面白い。初代は明らかに偶発的な事故からハヤタと一体となったし、それ以降のウルトラマンも皆、怪獣の驚異から人類を守ることが第一義だった。しかし今回は、人類との共闘はあくまで手段であり、最初から目的は【そこから得るなにか】なのだから。40年という月日が、ウルトラ兄弟達の闘いを若きウルトラマンに伝え、「あの兄さん達が命を賭けて守った星」「何故ウルトラマンは人のために戦うのか」という命題を与えたのだ。
 そして再びウルトラマンを迎えた地球と人々。彼等の記憶の中には、ずっと前に自分たちのために戦ってくれていた銀色の超人の物語が刻まれており、様々な思いを胸に抱かせている。彼等もまた「何故ウルトラマンは人のために戦うのか」という問いを持っている。

 その答えを見いだす仲間、メビウスと共に戦う若者達GUYS。
 第一話で「なんて酷い戦い方だ!」とダメ出しされたのがつい昨日のようだ(笑)そしていきなりミライと一緒に現れた隊長。その上メンバーはあっちこっちから引っ張ってきた、プロフィールも様々なごった煮メンバー。
 彼等についてはちょっと多く書きたいので、次に(笑)



 ちなみに今では、「ウルトラマンマックス」は「メビウスの世界で作られたウルトラ番組」と考えればと楽しいなあと思ってます(笑)






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コレ観てない…(^^;;;

 
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