2008年07月26日

仮面ライダー龍騎・6 ゾルダ(前)

 では、残る二人、ゾルダと王蛇はどうだろうか。

 この二人は正に【自分の為】に戦う二人である。ゾルダは自分の命をライダーバトルにかけている。王蛇は純粋に自分の欲望のままに戦っている。
 戦う為、殺し合う為に必要なこと。それはとりあえずヒューマニティーを捨てることだ。

 北岡はヒューマニティーを知性で押さえこんだ「機械」になり
 浅倉には最初からヒューマニティーがない「野獣」である。


 自分が生きていく為、勝ち残る為には人間性は捨て、自分の為だけに戦うと決意しなくてはならない。そう決意したであろう北岡は、序盤は確かに強かった。龍騎とナイトを圧倒し、秋山に「青臭いね!」と言い捨て、真司を陥れようとする。北岡に言わせてみれば、彼等が自分の人間性を持ったまま戦っている姿勢は、ちゃんちゃらおかしいというか、むしろ腹が立つのだろう。一度ライダーとなったからには、優しさは弱さだ。あいつ等は分かってないんだよ。
 それなら冷酷に徹して倒せばいい。しかし北岡は苛立つのだ。
 自分で捨てたつもりの人間性。でも彼は、自分でも気が付いていないのだが、戦いの中でもどうしても優しさを捨てきれない。それがどんなに表面上、機械のように計算したつもりでも、ついつい反応してしまうのだ。それがつい、最初は苛立ちとなって、次第に弱さとなって現れてしまう。
 そこには明らかに「ヒーローの心」を持った龍騎の影響があるのだろう。ゾルダに密かに与えられている【触覚】は、それを本人の知力を超えたところで胸に響かせる。

47話で、いかにも無理をして戦いを挑んできた真司を「見てらんないよ」という理由で追い返している。城戸が戦いを止めろと言い続けていたのをあれほど馬鹿にしていた北岡だったというのに。
 北岡の中で消すに消せなかった「いくら自分の純粋な願いのためとはいえ、人を殺めてはならない」という良心の呟きを、真司は代弁してくれていた。そして実際殺せない自分の免罪符にもなっていた。それは蓮も同じだったろう。蓮と北岡の終盤の会話「確かに城戸は馬鹿だが」「俺やお前よりマシな人間、だろ?」というセリフの持つ意味は深い。


 そして最終的に、北岡はその知性故に、戦いの空しさに気付くのだ。自分が本当に大切にすべきものは何かをはっきりと悟る。


 …すみません、URL見た方はお察しでしょうが、ゾルダ大好きなんで(笑)彼に関してはまだ続きます。







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