2008年06月18日

仮面ライダーアギト・2 仮面ライダーになった男

 恵比寿の〜観世音 仮面ライダーAGITΩ!♪



 というわけで、アギトでございます。メインヒーローであるアギトに変身するのは、記憶喪失の天然男・津上翔一(仮)。
 そもそもこのアギトという存在は、如何なるものなのか。たった一度ビデオを通してみただけの私が理解出来た範囲では、人の進化すべき姿のようだ。ただし、その種はまだ人々の一部にしか芽生えていない。もしかしたらアギトは新しく産まれる子供の間ではどんどん増えるのかも知れないし、遺伝子の具合によっては永遠に平行線なのかもしれない。そんな難しい話はとりあえず横に置いといて、今回は津上翔一の話をしようと思う。

 彼は一貫して、自然体の天然タイプとして描かれている。自然を愛し、人を喜ばせるのが好きで、常に今現在の「あるがままの自分」を受け入れて生きている。その辺が一番はっきりと描写されたのが、「G3-Xへの装着には無我の境地でなくてはならない」という下りで、それが唯一出来たのが翔一だった。

 アギトとは人の進化の形、と私は書いた。つまり、劇中でアギトとして目覚めた翔一は、すなわち人が「こう生きることが出来たら幸福だ」という、一つのひな形として描かれているのではないかと思う。

 彼は過去に囚われない。それは「記憶喪失」というキーワードでも例えられている。
 私たちは、自分がどれ程「過去」というしがらみに縛られているか自覚しているだろうか。所謂トラウマというのもそうなのだけど、幼い頃からの習慣や育てられ方で、多くの心の枷を自らに架しているのだ。それは驚くほどの拘束力を持っている。「したいのに出来ない」とか「解っているのに動けない」などと言うことの大抵は、過去からの拘束だ。しかし、過去からの積み重ねた時間は、人に安心感や安定感を与えてくれるのもまた事実。人は過去の経験を照らし合わせ、「こうしていれば自分は安心」というマニュアルを大脳が自動的に作り出しているのだから。
 では翔一はどうか、というと、過去がないことに自由を感じ、常に新しい自分であることに喜びを感じている。過去がないことに不安がない。それは「自己存在が、自らのアイデンティティに頼らなくてもいい」という状態でもある。「自分が今、ここにいるんだからそれでいいぢゃないの」ということだろう。だから前後のつながりとか状況とかあまりおかまいなしに、アンノウンによる危険をピキーン!と察知したら(ニュータイプかよ!と思ってしまう・笑)、後先のこと考えずに「今、自分がすべきこと」として走り出すのかもしれない。

 この「今この瞬間に生きる」というのは、禅的な考え方でもある。自分の100%を過去ではなく、今だけに集中させるのはかなり困難なことだと思う。瞑想してみるといい。そらもう沢山の雑念が湧いてきて面白いよ(笑)雑念とは、過去の積み重ねが生み出している心の雑音だ。つまりそれだけ多くの雑音に、私たちはエネルギーを費やしていると言うことなのだろう。


 しかしアギトの世界では、人の進むべき姿として翔一というキャラクターが描かれた。
 それは確かに人の意識進化の一つの形でもあるだろう。

 果たして、人はあるがままの自分とあるがままの状況を受け入れ、その中で自然体の自分を保ち続けることが出来るようになるのだろうか。






S.I.C.VOL.40 仮面ライダーアギト&マシントルネイダー【即納】


希望小売価格 7,140円 (税込) のところ
特別価格 5,696円 (税込 5,980 円) 送料別

サーフィンみたいだったよね、これ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/16142291

この記事へのトラックバック