2014年04月28日

キルラキル考察・5 キルラキルって細かいこと気にしてる余裕ないよね!

 「なぜ?」という言葉を置いてけぼりにして、物語は疾走する。
 主人公・纏流子のパートナーは渋い声で喋るなぞのセーラー服と、意味不明な事を熱く語って周囲を巻き込んでしまう満艦飾マコ。彼女がサブキャラの中でも重要な位置をしめているという、この無茶苦茶さが如何にも「キルラキル」らしい。いや、ハードなファイターの傍らにコミカルなキャラが配置される事はよくある。そのコミカルさが限りなく直角に近い斜め上で、見ているこちらが煙に巻かれるレベルであるところがすごいところだなと思う。
 だが彼女の言葉に「さすが満艦飾!」と思える頃には、すっかり世界にハマっているのだろう。




 じゃあ「キルラキル」は物語的な大きな枠を全く視聴者に示していないかというと、決してそうではない。それは流子のライバルであり敵対勢力のトップに君臨する鬼龍院皐月の存在だ。

 後に流子に「太眉への字口」と言わせしめる彼女の表情は常に堅く、言動は厳しく、常に流子のすることの先を読み己の駒として利用している。そこには明らかに何か目的がある。特に第三話で神衣純血を着る決意をした時の「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という言葉は、その意味を知っていると「おや?」と思わせる。
 また、同じく三話の鮮血を着ての闘いに覚醒した流子の一撃を避けたとき。皐月はふっと微笑んでいる。似た意味ありげな微笑みはもう一度あり、第七話で流子とマコが極制服の力に飲まれる事なく、互いの絆を取り戻したとき。やはり去り際に口元が微笑んでいるのだ。
 しかしその微笑みは印象的だがそのとき限りのもので、次にはもういつもの"への字口"に戻っている。あれはなんだったんだろうと思わせたままで次の展開に移ってしまう。

 鬼龍院皐月に絶対の忠誠を誓う四天王の存在も、物語上とても大きい。「何か目的があるらしい」絶対君主に対して、その目的は共有されているのか、いないのか。その忠誠度はどの程度なのか。
 そもそも四天王なんて存在は、主人公のヤラレ役になるか裏切るか、になるというのが割とパターンだ。その四人組も「筋肉・武闘派・知性派・美少女」と駒が揃っていて、生徒会室とやらもやたらと怪しい。まあ順番から言って筋肉が最初に戦維喪失して、「蟇郡がやられたようだな…」「ククク…奴は四天王の中でも最弱…」「本能字学園の面汚しよね」とか言われるんじゃないかと(笑)でなかったら乃音か犬牟田が裏切る。もしくは犬牟田がすべてを操っている!というパターンがありそうだな、とか(笑)
 それが早くも第六話で猿投山がいきなり流子と戦い、彼と皐月の過去の話が描かれる。そこから四天王にスボットが当たるたびに、意外と彼らの忠誠というか、皐月との絆は深いのかなと思わせる。そして塔首頂上決戦で流子に破れる度、応援席のマコのところに蟇郡→犬牟田→蛇崩と揃って来て、ワイワイ言い合う頃には可愛げさえ感じさせるようになる。

 普通のバトルもので四天王が捨て駒扱いされてしまう場合、負ければそれっきりだ。でなければ主人公側につくか解説役で残るか… だが「キルラキル」の四天王は負けるとパワーアップしてもらえる。猿投山戦の時に気付くべきだった。物語は明らかに四天王を成長させている。
 塔首頂上決戦がとんでもない乱入者のせいでぶち壊された後、皐月は四天王に「お前達はまだ強くなる」と言っていた。明らかに皐月は何かの目的のために四天王を戦士として「育てている」意図が、この頃から見えてくる。いや、ここに来てやっと知らされたと言うべきか。




 …というような物語の大枠は示されているものの、実際リアルタイムで物語を追っているとそれどころではない。四天王ってどんな戦いするのかなーとか、猿投山リベンジするかと思いきや針目縫が乱入して来たりとか、父の仇に暴走してとんでもないところをマコに助けられたりとか、やっとひと心地付いたところで鮮血バラバラとか、三都制圧襲学旅行とか、まーイベントが盛り沢山だ。
 展開が突拍子もない上にスピーディ。しかもそこで見せつけられるビジュアル…いや、「アニメ力」とでも言うべきか。画の力が圧倒的に迫ってくる勢いに、つい夢中になって見入る。魅せられる。特に第十五話、三都制圧襲学旅行の時の流子と皐月の一騎打ちは素晴らしかった。そしてこの戦いこそが、前半のピークでもあったのだ。

 後から思えば「隠されていたのか」と気付くかもしれないけど、見ている時はそんな風に考えている余裕はなくて、ただただ作品に気圧されるが如く、目の前に繰り広げられる戦いを眺めていた。





 派手な演出やスピードに馴れた。
 キャラクターの作り込みが重ねられ彼らへの思い入れができた。
 さりげなく伏線が張られていた。
 なんだかわかんない色々なことが「まあいいかな」と気にならなくなったこのタイミングで!

 怒濤の展開で煙に巻いていた「キルラキル」の世界の奥に存在していた謎の物質「生命戦維」の謎が明かされる。



まだつづく!



 
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2014年04月18日

キルラキル考察・4 キルラキルってキャラも癖があるよなー

 状況に巻き込まれ、人の思惑に動かされ、がむしゃらに戦って勝って強くなって。「キルラキル」の主人公・纏流子は今日も目の前に敵にメンチを切る。
 周りの奴らは癖のあるキャラばかり。最上段から見下ろす太眉への字口女に、その配下の怪しげな四天王、訳知り顔の変態教師と変態モヒカン、自分の味方はトンデモ理論で煙に巻く押し掛け親友とその大らかで無茶苦茶な家族だ。しかも驚くべき事に、物語の基本的な設定に付いてはほとんど説明がないままにストーリーが進行して行く。唯一分かっているのは「生命戦維」という超科学が存在している事…
 そして私は思うのだ。「うーん、面白いんだけど、なんだかわかんないなー」




 この物語、前半は学園制覇モノで【主人公・流子】vs【鬼龍院皐月と四天王+学園生徒】の戦いになっている。その中で単身戦う流子をサポートするのが満艦飾マコとその家族、あと謎のヌーディストである美木杉先生だ。
 この美木杉先生は「訳知り顔でモノを言う割には肝心のところで役には立たない」という、主人公からは一歩引いた立場を通している。無駄に光る乳首と股間のせいで見失いそうにはなるけれど、その立ち位置は如何にも先生であり「ヤンキーに接している大人」だ。美木杉としては流子の成長を見守っているのだが、流子本人は「なんだこの変態」と軽い反発を見せている。
 流子の支えになってくれているのは友達、満艦飾マコと満艦飾家の人々だ。にも拘らず、誰一人普通の人が出て来ない「キルラキル」の中でも最大限にカッ飛んでへんちくりんなのが彼らという、およそ戸惑わざるを得ないキャラ配置になっているのがすごいところだ。

 マコの振りかざす理論は無茶苦茶だ。実は言葉だけとればそれほどおかしくないし筋も通っているっぽいのだが、「え、今それをここで言うの?」という困惑に満ちている。
 例えば……ケンシロウとラオウが睨み合って一触即発の状況というときに、傍にいたリンが「ケンは負けない!ケンの筋肉がとってもきれいなの、私お風呂場で見たんだもの!」とか言い出しちゃうみたいな。普通だったらまずあり得ない。でも毎回、そんなのが流子の戦いの度に繰り広げられるわけだ。
 そーいうあまりに斜め上のところからくる掩護射撃に、登場人物のリアクションは「笑っちゃう」「ポカンとする」「イラっとする」と、だいたいその三種類だ。が、それは視聴者も変わらないだろう。
 満艦飾家も大概だ。そもそも「闇医者」ってどーゆーことだよ。あいつらいつから本能町に住んでるんだよ。又郎の義務教育ってどうなってるんだよ。あのコロッケ何混ざってるんだよ…と。(←ちなみにこれらは全て最後までうやむやです・笑)



 しかしマコもその変な家族も、いきなりやってきた纏流子に対して、調子っぱずれだが心から温かく接してくれる。
 なによりマコはどんな時でも流子の味方で、たとえ相手が誰であれ、決して臆する事はない。それが極制服を着た皐月や四天王でも、いきなりやってきた反制服運動のゲリラでも。
 5話で反制服ゲリラの黄長瀬紬に流子が襲撃されたとき、マコは流子に出会うまで「頭の中にしか友達がいなかった」と言っている。見た目に反して孤独な学園生活だったのだろう。押し掛け親友ではあるが、マコは流子の事を本当に大切に思っており、流子もその突飛な言動に唖然とさせられつつ信頼し、二人はいつも一緒にいる。
 二話では気持ち悪そうに描写された満艦飾家の食卓だったが、いつしか彼らとの日々に馴染み、その「なんだかわかんないものが混ざったコロッケ」を流子が美味しそうに頬張るようになった頃。

 そんな調子で進んで来たお話が、いきなりひっくり返る。第七話「憎みきれないろくでなし」だ。

 スタートは和やかな食卓と、騒がしくも温かい満艦飾家の描写なのが、喧嘩部の立ち上げと躍進が富を生み、彼らは一気に成金になってしまう。そこで簡単に金に踊らされるところは如何にも「あの人たちだよなー」って感じなのだが、それぞれが我欲に走ったために家族はバラバラ。ついには流子は喧嘩部特化型二つ星極制服を与えられたマコとの一騎打ちをする事になる。
 あのマコが!どんな時でも流子を信じ応援していたあのマコが!流子に拳を向けるのだ。
 喧嘩部極制服はそのデザインもマコによく似合っているし、結構ガッツリ戦うので、見ているこちらは本気でハラハラする。もちろん、ここから二人が敵味方…なんてひねくれた展開、「キルラキル」はしない(笑)そこから二人が和解する過程もなんとも彼女達らしいし、泣きながら反省するマコが表情も台詞もものすごくいいので、見ていてグッと来てしまう。

 そりゃ王道な展開といえばそうだ。思いっきりベタだ。が、その王道展開を見事に魅せてくれる。一話の中にこれだけ詰め込んで自然に持って行く手腕が素晴らしかった。見ているこちらに考える暇を与えない。あれよあれよと言ううちに、どんどんお話が転がって行ってキャラが変貌し、クライマックスの一騎打ちに持って行って、感動させた上で爽やかに締めて、めでたしめでたし。
 二人が眺める打ち上げ花火や、ラストのにっこり笑っていつものコロッケを食べる流子の笑顔に、思わずこちらの顔がほころぶ。後に残るのは「いや〜面白かった!よかったなーいいお話だったなー」というスッキリ感だ。



 満艦飾マコというキャラは、とんでもない飛び道具だ。バトルもののアニメで、これから戦おうという場の空気を壊して、超理論でノリを崩す。面白いと言えば面白いけれど、描き方によってはウザキャラになりかねない。
 でも第七話で「マコが彼女らしい理由で敵になり、また彼女らしく流子の友達に戻る」という、このストレートな裏切りエピを作り上げる事で、この風変わりな女のコが「キルラキル」という物語にとって本当に必要で愛すべきキャラなのだなと実感させられた。マコは「流子ちゃん」が大好きで、きっと、きっとこれから先に流子に大変なことが起こったとき、絶対彼女の事を助けてくれるんだろうと。

 そして、このエピソードを経た頃から、マコのトンデモ理論を聞いたリアクションとして「笑っちゃう」「ポカンとする」「イラっとする」の三種類の他に、「さすが満艦飾」というのが増えるわけだ。…絶妙すぎだろ!(笑)




 「面白かったけどなんだかわかんない」作品が「なんだかわかんないけど面白い」に。
 物語の布石は着実に置かれている!

 あの頃は全く気付かなかったけどね。
 ただ、面白かった。それでよくなっちゃったから。



まだ続く!我ながらしつこいw



 
posted by K at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | キルラキル

2014年04月11日

平成ライダーのハンドサイン作ったwww

今流行の「○○のハンドサイン」。
ついつい出来心で「平成ライダーのハンドサイン」作ってみた。

Bk52yWPCQAASvI4.png-large.png

byハンドサイン画像ジェネレーター
→ bzmm.jp/hs_gene
作:@handsign_matome


12パターンしか入れられないから「宇宙キター!」以降が入れられなかったよ!
(でも両手あげなくちゃならないからフォーゼ難しかったかw)

アギトの翔一ってライダーになってから喋んないから困った。
「氷川さんは不器用だなあ」とどっちにしようか悩んだ末、
氷川さんの名誉を重んじてこっちをチョイスしたよ。

キバは正確には渡じゃなくてキバットの台詞だけど、
インパクトデカいのでこっちにしたのだ。
てか思い浮かぶのが名護さんの言葉ばかりで困る名護さんは最高です。

キルラキル考察・3 キルラキルって一筋縄でいかないよね!

 「キルラキル」が終わってしまった寂しさを、こんな風に感想考察書きながら埋める今日この頃。
 思い返せば毎回毎回、画面からはものすごいエネルギー量が放たれた。濃いぃキャラ、捲し立てられる台詞、圧倒の演出、怒濤の作画で、スタートダッシュから通常の三倍の速度で駆け抜ける!
 そう言う意味では「キルラキル」は、見ている人間にも少なからず負荷を与えるアニメだったかもしれない。高い熱量のある作品が持つ「巻き込まれる感じ」があった。


 まーでも、一筋縄でいかない作品なんだな。
 そこがこの物語の最大の魅力であり、ものすごいところなんだけども。




 「キルラキル」の前半は、学園制覇モノのパターンをキッチリ踏んでいる。
 力による露骨な階級制で支配された学園と、その頂上に君臨する絶対者。そこにふらりとやってくる転校生。成り行きから戦う事になり、学園vs転校生の全面対決へと発展して行く。絶対者とはライバル関係ではあるが、まだ力は及ばない。でもいつか倒してやるぞ、と。もちろんそれだけではなく、父の死の謎やら怪しげな組織やら絡んで来て、謎解き的な要素も含んでいる。
 これだけ文字で書けば確かに昭和っぽいし、絵柄も今時の「萌え絵」とは一線を画した硬派な感じだ。と同時に前にも書いた通り、劇中の時間の流れがとてつもなく濃密な、最先端のアニメの印象がある。この作品の複雑な色合いを深めているなと思う。
 しかしそれらは絶妙にブレンドされており、きっちり世界は作り出している。なのに私は、どうしても物語に乗り切れなかった。最大の理由は、主人公・纏流子の言動だ。

 私は序盤、「なぜ流子は戦っているんだろう?なんのために変身する?」という、ぼんやりとした疑問を抱き続けて見ていた。

 例えばひょんな事から力を手に入れた変身ヒーローものなら、物語の早いうちに「戦う理由」を決意するお話が必ずある。でも流子には明確なそれがない。売られたケンカを買い、状況に流されて、行き当たりばったりで戦っているだけだ。三話は確かに一つの大きな成長物語だったけど、これも神衣・鮮血の着こなし(絆でもある)のステップアップであり、戦う決意のお話ではない。
 また押し掛け親友の満艦飾マコは「戦う原因」にはなるけれども「戦う理由」ではない。彼女を守る!とかそういうのとも違う。「流子ちゃんがんばれ!」「しょうがねえなあ」という感じだ。しかもそのマコの言葉は恐ろしく意味不明なのに(笑)無駄に高いテンションに何故か納得させられてしまうとんでもない女のコだったりする。

 だから見ているこちらは「なんだかよく分かんないまま、ズルズルっと戦っちゃってるのに、テンションだけはめちゃ高いよな」と思っていた。敵役である鬼龍院皐月がなにやら考えがあり、しかも「鴻鵠の志」を持っている様子なのに対して、流子は主人公でありながらキャラとして立ち位置が不安定だ。
 しかも主人公の過去がようやく語られたのは8話。「幼い頃から親に放ったらかされた末にグレた」過去も「なぜ父が殺されたか知りたかった」という動機も、その時に明かされた。とにかく流子は序盤、状況に流されマコに煽られ(笑)襲い来る極制服の生徒と戦い続ける。



 しかし今なら思う。なぜ戦うのに理由を欲したんだろうかと。鮮血が己の力を出し切れずに血のつながりを求めたように、私も流子が戦う理由がないことにこだわったんだろうか?偉そうな奴がいるからぶっ倒す、でも十分のはずだ。
 それこそ昭和のアニメには、戦う理由なんていらなかった。そこに敵がいる。それだけでよかったのに。

 よくよく考えてみると、現代のバトルもの…特に熱血系のバトルものの主人公は、必ずなにか自分の願いや主義主張、譲れない思いなどがある。別にそれは「君だけを守りたい」でもいいし、「海賊王に俺はなる!」でも「オラ、強くなりてぇ」でもいい。戦う原動力のようなものが存在している。それがない場合は「戦う決意」シークエンスが必須だ。
 複雑な現代社会と人の心が、物語ですらも単純に善と悪で割り切る事が出来なくなっている。
 そこには対立する理由があり、それぞれの主義主張のぶつかり合いがある。そんな物語に馴れすぎて、バトルものを見る時はついつい「なぜこの主人公は戦うのだろうか」と考えてしまっていた。流子は高校二年生の女の子。大義はなくて当たり前。そもそも別に戦うのに大きな理由はなくてもいいんじゃないの?



 それが正しいこと、当たり前の事と思っていたけれど。
 私は自分が想像しているよりも、ずっと頭が堅い…



 可能性って、無限にあるというのにね。



 でもその辺がどーでも良くなった頃から、どんどん面白くなって行くんだよなー(笑)

 こんなに書いたのにまだ7話に届かなかった。まだちょっと続くんじゃ。
 ところで【燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや】って、「声に出したい中国故事・ベスト10」を作ったら、絶対五位以内に入るよね!



 
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2014年04月05日

キルラキル考察・2 キルラキルってそもそもなんなのよ?

 「キルラキルはダチョウ倶楽部」という岡田氏の言葉(前回参照)。
 要約すれば「(マニアが好きそうな)それっぽいことを大げさに表現しているけど、感覚的に好きになれない」みたいなことかなーと私は思った。あくまで私なりの捉え方なので、「はあ?」と思う方は一次ソースを是非ご覧になって下さいね。
 私がこれを聞いた時の感想は「いやちょっと共感するけど、でももったいないな」だった。私も序盤は同じように感じていたからこその共感と、それを覆すほどの面白さがあったからのモッタイナイなんだな。

 でも逆に「どうして貴様はそんなに気分的に乗りはぐっていたと言うのに、本腰を入れるまで2ヶ月近くも『キルラキル』を見続けたのだ?」という疑問が出てくる。
 そりゃ堀内賢雄氏&稲田徹氏の声を聞きたいというのもあったけど(17話の蟇郡vs薔薇蔵は至福でございました・笑)、同じくらいかそれ以上の理由が、「なにかある」のが伝わって来たからだ。



 この「なにかある」感というのは、「これだけ作り込まれているんだから、きっと何かあるに違いない」という一種の作品や制作者への信頼感のようなものだ。
 説明がない。わけが分からない。でも怒濤のように物語が進む。いやでもそこには、深く考えられて作り込まれた作品独特の熱がある。何か意図があるんじゃないかそんな手触りがあるぞと。
 そう言う意味では「グレンラガンのスタッフの作品である」ということが、一つの信用にもなった。

 岡田氏が「それっぽい事を大きな声で言う」というのは、熱さに釣り合う深みが物語に感じられないということでもあるだろう。あと「引き算の美学」みたいなのがない(笑)
 うん、引き算は、ま〜ないよねえ!(笑)しかし熱さに釣り合う深みは「本当にないと思うのか?」と言われると、いやそんなことはない、伝わりにくいけども。と。むしろ分かりやすいくらいド派手にぶちかまして、覆い隠されているものがある…ような気がした。

 そもそも「キルラキル」という「何語だよ!どーゆー意味だよ!」な題名。例えば「学園制覇 キル☆ラ☆キル」みたいな副題が付けば少しは物語へ のイメージが湧くかもしれないけど、それもない。でも物語を見て行く事で、「服」という言葉の考察とイメージそして連想、それらが物語の骨組みにがっしり と入っているのに気付くのに時間はかからないだろう。

 「服」とは、まず思い浮かぶのは名詞で、すなわち毎日私達が身につけ裸を隠すこれだ。熟語にするなら洋服・和服・私服・制服・服飾・服地… 
 と、同時に動詞「服す」でもある。動詞であるなら自動詞なのか他動詞なのか?「服す」か「服される」か?服従・屈服・征服・感服・服喪…
 服は「着る」もの。「きる」着る・切る・斬る そして自動詞か他動詞か。きるかきられるか。キルカキラレルカ。
 学生に制服はつきものだ。制服で戦う。征服する。それは学生服じゃなくて極制服だ。言葉遊びと連想がどんどん世界観へと広がって行く。実際書いていて、服という字がゲシュタルト崩壊しそうになった(^^;;;

 足し算と掛け算だけの演出が紡ぐド派手な世界。それが感覚に的に合った人はラッキーだ。
 そうでなかったら戸惑ってしまう。よく動くアニメだけどなんじゃこりゃ?と。さて!ここで「なにかありそげだな」と思って見続けるのか、「それっぽくつくられているけど好きになれない」と見切るのか。もうそこは何かプラス αの信頼がなくてはならない。それが「あのグレンラガンのスタッフならやってくれているはずだ」であったり「好きな声優さんが出てるから」だったり「キャラデザが気に入った」であったりするわけだ。
 全ての人に全部見てから文句を言えとは言えない。視聴者も時間は惜しいのだから。で、私は見る事にしたわけだ。このハイテンションな物語の顛末が知りたかった。




 果たして。すげー波が来ちゃったよ。後半。
 もうね。15話終わったあたりでがらりと変わる。

 いやあ、特ヲタなら見切りつけたスポンサーサイドの要請で、プロデューサーと脚本家が首をすげ替えられたのかと思うよね!OPEDも変わっちゃうし!(笑)(笑)

 …余談だけど、キルラキル最終回を間近に控えた一週間の「頑張れトリガー!」のムーブメントは、奇しくも「仮面ライダー響鬼」の前半後半騒動を思い出したですよ。その真逆の動きではありましたけどね。
 私はこの「キルラキル」が途中からガラリと物語の展開も色合いも変えてくる感じ、ちょっと「仮面ライダー響鬼」のあれを意識してるのかなあ、なんて思っちゃったりするんだよ。



 まだ続く!


 
 
posted by K at 18:20| Comment(5) | TrackBack(0) | キルラキル

2014年04月02日

キルラキル考察・1 キルラキルはダチョウ倶楽部ってマジか?

 久々に日記、それも考察系の奴を書きたいと思う作品があった。
 先日大団円を迎えたド深夜アニメ「キルラキル」だ。

 「キルラキル」は来週が楽しみで楽しみで仕方ない日々だった。
 アニメで早く次が見たくて悶えることなんて、「宇宙戦艦ヤマト2199」が終わった後はもう10年ないかと思っていたら、まさかこんなに早く訪れるとは。いや。「ヤマト2199」はこよなく愛してはいるけれど、それがもたらしたのは大いなる満足とトラウマの解消(笑)であり、日記に書きたいという衝動まではなかった。「キルラキル」は、見終わった後言葉が溢れて困っている。
 そんなわけで、久々にキーボードを叩かざるを得なくなっている。



 でもこんなに夢中になった「キルラキル」ではあるのだが、最初から引き込まれたわけではなかった。むしろ私が本気でハマったのは、7話からだ。
 それまでは「面白いけど乗り切れない」どこか自分でも釈然としない思いを抱えて見ていた。…VCに堀内賢雄氏稲田徹氏がいなかったら、視聴辞めていた可能性もなくはない、かもしれない(笑)

 その理由を話す前に、この動画を見て欲しい。2分ほどの動画だ。ヲタキング(懐)岡田斗司夫が「キルラキル」について語っている。

【アニメ】キルラキルはダチョウ倶楽部!?
https://www.youtube.com/watch?v=Hx1cRy2QyOQ

 動画を見終わって、まあファンとしては「これ序盤だけ見てそう言ってるんだろうな」と思うわけだけど、実は私は岡田氏の言いたい事がよく分かってしまうのだ。




 いやー、ぶっちゃけ感覚にマッチしなかったのよ、序盤。


 だってさー。もう演出が足し算と掛け算ばっかりでさー。固有名詞はおしなべてややこしくて覚えにくいしさー。しかもその度に赤くてデカくて太いロゴが出て来てクドいしさー。キャラもなんかよく分かんない事言ってるしさー。画面全体のテンションはとにかく高いしさー。女の子がいきなり問答無用にフルボッコされるのもドン引きしさー。

 昭和テイストって言うけど、あんまりそこにも惹かれなくてね。確かに昭和的な「学園制覇スケ番一代記」な感じとか、主人公・流子が居候する満艦飾家はキャラデザも背景もそこだけ「芝山努の世界」だったけどw むしろ私は昭和と感じる事は少なかったのだ。
 というのも、昭和と平成の大きな違いって、やっぱ時間の密度なんだよなー。「キルラキル」はそれこそ作品の密度は平成の最先端を行くほどの濃密さであり、そこには昭和的な時間の流れは一切ない。だから多分私は、あまり懐古的な視点でこの作品を感じ取る事はなかったのかなと思う。



 ま、そんなわけで面白さに乗り切れずに6話まで見て、7話でまんまと作品にハマってしまうわけだ。
 そこからはもう、夢中よ。ただのファンだよ、ファン!(笑)
 じゃあ7話になにがあったのか。…一番単純な答えとしては、あの足し算と掛け算ばかりの演出を含めた世界観に「慣れた」のだけど、一番の理由は満艦飾マコだな!
 この7話で、初めて私はこの奇想天外天真爛漫なヒロインに思い入れが出来た。彼女を好きになれれば、このやたら熱くて密度の濃い、そのくせどこか捉えどころの難しい作品を受け入れられたのも同じだ。
 そして私は、今までの自分の「物語」そのものへの考え方とか感じ方に、根本的な揺さぶりを受ける事になる。




 とまあ、ここまで書いているけど、こっから先はネタバレだ!
 ホントに面白いアニメだから、少しでも見ようかなと思ってる人は、続きは絶対読んじゃダメだよ!
 頭真っ白にして、最初っから見る事をお勧めするのであーる。


 
posted by K at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | キルラキル